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過去の日記



[行間を読め!]

Nov.1,1999 (Mon)

 麻雀疲れが体を蝕む・・・・一度眠りについたら、暫く起きなかった。
十時間以上たっぷり寝た後に、もそりと起きてきた。
外は雨が降っている・・・やたら激しい降りだ。
しかも、既に夜だから寒いのなんの。
雨に濡れながら、晩飯を買いに出る。

 所で・・・広島の三悪人は既に帰ったのであろうか?
まあ、伊亜以外は今日の内に帰るというのは聞いていたが、残りはどうか知らなかった。
HAL9000から電話があり、伊亜が居るだろうという友人宅へと行く。
案の定、麻雀を打っていた。
しかし、面子を見ると学祭中はこんな所で麻雀を打たない筈の人間達が居た。
聞いてみると、現在雨風が酷いので『百時間耐久麻雀』は中断中とのこと(百時間耐久麻雀というのは、結構長い間続いている企画なのだが、学祭実行委員会からは非常に不評らしい)。
きっと今年は百時間出来ないであろう。

 今日は月曜日、先週末に発送されたBeOSが届いていた。
前回と、全く同じ内容のモノが送られてきた。
さすがに今後はCDを割らないように、とっとと余っていたケースに収めてしまう。
やっとR4.5が使えるのだ。


Nov.2,1999 (Tue)

 今日も外は雨・・・別に砂上の楼閣県では、家の中で雨が降ることがある訳ではない。


Nov.3,1999 (Wed)

 今日も雨がちらほらと・・・。
一応この日記って毎日書いているのだが、毎日アップしているわけではないというのが現状だ。
最近寒くなってきたからねぇ、わざわざ休みの日や用事もない日に大学まで行くのはちょっと億劫になってきた。
家にアクセス環境を整えれば良いじゃないか?という話もあるが、面倒な上に金がかかるから未だやっていない。
携帯やPHSからのアクセスは、単純に通信料がかさむので今一歩出せない。
私はノートPCのユーザーだが、例え使用しているのがサブノートであってもモバイルをやろうとは思わない。
あくまで、ポータブルなPCとして使っている。

 しかし・・・昔から考えたら、ずいぶんとネットワークが発達したモノだ。
昔は、新聞やTVが外信を伝えるまで、我々が海外の情報を得ることはなかなか出来なかった。
しかし、今最も早くニュースを報道するのはインターネットである。
個人が外国のメディアに、国境などというモノを感じずにアクセス出来るのだ。
日本は一応先進国のひとつで、自由陣営(死語)に与するわけだから、外国とのネットワークにフィルタがあるわけではない。
生の垂れ流し状態の情報(善し悪しは別)を得ることが出来るのだ。
しかも、それを街角から手軽にアクセスできてしまうのだ。

 因みに今日は手塚治虫の誕生日だそうだ。


Nov.4,1999 (Thu)

 朝から大学へ行く。
そう、通常1限に大学へ行く時間である。
しかし、ネットのデータベースが必要だっただけで、必要事項を引き出すと、とっとと別の場所へ事務処理に出かけた。
昼前に大学へ戻ってくると、取り敢えず講義を受けに行く。
既に開始時間から三十分も過ぎているのだが、受けている学生が私と同期の友人の二人だけなので、二人で遅れれば問題ないのである(笑)
そして始まるのは・・・いきなりDOSの話である。
しかも制御の講義なのだが、使う言語がBASICと来ている。
それもNECのN88(通称で「えぬっぱち」と言っている)なのだ。
確かに優れたBASIC言語だとは思うが、今後の実用度から言ってCを教えてくれた方が良いのだが、「じゃあアセンブラにする?」などと言い出すので、「BASICで良いです」と答えておいた。
さて、DOSの話が始まったのだが、話題がやたら古くCP/Mの時代にまで遡るのは、ある意味面白かった。本当に初歩のコンピュータのお話である。

OHの基本は、洗う・洗う・ひたすら洗う

 その後、実験機のOHを実験室(工場)にて行う。
久しぶりに洗い油(ケロシン)にまみれた様な気がする。
もっと早くやっていれば楽だったのだが、崩れそうになるくらいまで自分自身で、文字通り棚上げしてきた事だからしょうがない。
しかし、同型式になって三年・・・思えばばらす手つきも慣れたモノだ。
細部の仕様変更で三年熟成させた機械なのだが、性能は未だ今ひとつである。

 十六時を過ぎたあたりだろうか・・・伊亜から電話がかかる。
この男、まだ広島に帰っていなかったのだ。
そして内容は・・・「麻雀やろうぜ」だった。
メンツが揃わず、始まるまでに時間がかかったが、中止にはならなかった。
東一局、いきなり伊亜のハネ満をツモられ、起家だった私は六千点を奪われる。
が、その次の東二局に、リーチをかける。その時点での確定役は、リーチのみ。
非常にしょぼい手だが、それを一発でツモる。
期待と共に裏ドラをめくると、なんと!アンコが乗っているじゃないか。
決まり手で、リーチ・一発・ツモ・三暗・ドラ3という、インフレぶりを発揮した。
その後の高めの上がりは、マンガン程度であった。
結局最初の倍満ツモが効いて、トップを取ることが出来た。
伊亜の体調が悪くなったので、麻雀は半荘で終わってしまった。
伊亜は、どうも勝てない状況に現在陥っているらしい。
砂上の楼閣県に来てそうそう、麻雀運を使い切った感じすらするな。


Nov.5,1999 (Fri)

 何故か五時に起きてしまった・・・気が付いて見上げると、TVからは(私の部屋では、枕元のラックにTVが載っている)砂嵐。
どうも、深夜ニュースを見ながら寝てしまったらしい。
因みに携帯にはHALからの着信があった。
珍しい・・・携帯を持ってから、この手の(電子系)音にやたら敏感になり、寝ていても大抵は起きるのだが、このときはよほど眠りが深かったのだろう。

 今日も宇宙船レッドドワーフ号が・・・終わりだぁ(-_-;)
伊亜のHP(ヒューレットに非ず)のBBSで、らなめるより得た情報では、今日が最終回らしい。
惜しい・・・惜しいなぁ、最近こんなに填った外国コメディは無かったのに。
毒がたっぷり入っている分、Mr.ビーンよりも断然面白いよ。

 よくよく思い返してみると、せっかくナウカ自身が砂上の楼閣県に来ていたのに、プレゼントのタバコを渡すのを忘れていた。
モノはピー缶(快晴の意に非ず)にしようと思っていたのに、渡さずじまいである。
これではこのページの500hitプレゼントも怪しいモノだ(笑)
いっそ今から、電子データで渡せるモノに変更した方が良いかも知れないな。
 なかなかよさげな串をゲット。
直付け!全開フルスピード!時に比べたら多少は遅くなるが、CGIのセキュリティ診断でもそれなりの高値をだす。
何より、トラフィックスが混みあって来てもそれなりのレスポンスがあるのが良い。
暫くは、この串を使うだろう。


Nov.6,1999 (Sat)

カレカノ

 怒濤の如く、友人から貸りた『彼氏彼女の事情』を観たのは数日前の事だ。
何というか・・・続きモノは観だすと止まらないモノだ。
二日かけて全26話を観た。
まあ、率直な所は娯楽レビューの方に書いてあるから、其方を参照して頂きたい。

 話の続きは、あの内容についてである。
え〜、原作を読まれているもしくは、TVシリーズを観られた方なら内容はご存じであろう。
多少ネタバレに近いことをするが、それほど内容に関わっているわけでも無いので、構わないだろう。
本題を言えば、多かれ少なかれ、自分を演じている”ガキ”ってのは結構居るものだ。
客観的に見せられると、かなりグロテスクにうつる。
「嫌なガキだ・・・」というのが、率直な所だ。
ただ、その演技が誰に向けられているが問題である。
社会?クラスメイト?友人?それとも・・・家族?つまるところ、私は親・・・特に父親に対してそうしてきた節がある。
これは日常的に私と付き合いのある人はご存じだろう。
暇なときに、暇つぶし代わりに話しているから。
だからこそ・・・か、やはり円満な家庭なんかに何らかの用事で付き合うと、団欒にあてられてしまう。
端から見れば、円満な家庭に育ち、学校を出させて貰っている。
が、だからといって真っ当というか普通の家庭生活を営んでいるとは限らないという事だ。
自分の経験がデフォルトだとは思わないが、それぞれの家庭にそれぞれの問題はある。
普段は隠れていて見えないモノが、ある程度の人付き合いや社会経験を経るごとに見えてくるものだ。
それでも・・・裏表の無い家族同士の付き合いは、一種私にとって憧れである。
十数年後に思い知らされるのかも知れないが、自分の家庭を持たない今は、やはり憧れなのだ。

 やたら重い事を日記なんぞに書かれると思うかも知れないが、私的には別にたいした事はない。
複雑な家庭の事情を逆手にとって、友人を騙した回数は多すぎて数えられない。
既に七年前から笑い話のネタにするぐらいの面の皮の厚さがあるので、イヤな話を聞かされた等とは思わなくていい。

 そうそう、私信ではあるが、先日砂上の楼閣県まで来た「らなめる」くん。
確か君に「親が離婚して、母親に付いて行ったから名字が変わった」と言ったが、アレは半分嘘だ。
事実は、相続税軽減のために、親が一度偽装離婚をしただけで、実際はもう一度入籍している。
だから、親はちゃんと戸籍上の夫婦である。
あのときは、伊亜が騙せとばかりに話を振ったので、私はその通りにしただけだ。
伊亜の口元を歪めながらしたあの目は、どう弁解しようが「・・・やれ!」と語っていた。


Nov.7,1999 (Sun)

 インターネットのアクセス環境が大学しか無いので、休みの日に更新やレスが無いのは勘弁して頂きたい。
とにかく、眠い・・・日曜日だというのに寝て過ごしてしまう。

 最近買った単行本、内藤泰弘『TRIGUN-MAXMUM3』(少年画報社)、星里もちる『オムライス4』(小学館)。
トライガンは三巻だが、前を含めれば六巻目である。
ページのうち五分の四がひとつの戦闘シーンである。
そういう内容なのは仕方がないが、ひとつの戦闘ばっかりってのも何だかなぁ。
オムライスは「もういい」って気がする(-_-;)
なんか、この作者って作風の固定が著しい。編集側にとっては、多分いい作家なのだろうが、やはりマンネリこの上なく感じてしまう。
こういうのを「金の無駄」と言うのだろう。

 そうそう、漫画の話と言ってはなんだが、【白泉社/JETS COMICS】 『LAWMAN』 というのを探している。
作者は伊藤明弘である。
中古書店などで、もしも見つけた方はお知らせ下さい。
原価の二倍までは出します。
砂上の楼閣県では見つからないのだぁ(;;)
それと・・・新品なら原価の二倍プラス飯でもおごります。
 ついでにもう一つ"WANTED!"『TAKE THE B STUDIO』という本である。
これは【久保書店/ワールドコミックススペシャル】という所から出ている。
作者は「BREN-303」です。
もし見つけた場合は、教えて下さい。
こっちは、さっきのヤツほどの条件は出せないけど原価より高く買います!てぇ事でよろしく♪
 まあ、多分ここに書いたから出てくるもんでも無いだろうけど(^_^;)


Nov.8,1999 (Mon)

HDD換装

 三日ほど前から始めた、ThinkPad内蔵HDDのバックアップ作業が大体終わる。
昔は2.1Gしか無くて、作業自体はアッという間に終わっていたが、6.4Gに換装してから初めてのバックアップだったので、非常に時間がかかった。
SCSIカードにCD-Rを取り付けて、割り込みそうなサービスを停止させながらの作業だったので結構めんどくさい。
それにしても・・・データを溜め込むだけ溜め込んだので、使ったメディアの枚数が六枚にも及んだ。
それにしても外付けのRがあって助かった。
昔なら、ネットでRを組み込んだマシンに飛ばして、それから焼かねばならなかった。
しかし、某製図室から八ヶ月に渡り無断借用しているCD-Rドライブが今はあるので、直接焼けるのが嬉しい。
モノはLogitecのLCW-742というヤツで、ドライブはSONY製の様だ。
使用したソフトはAdaptecのEasy CD Creator 3.01だ。
なんて事無いソフトだが、別にマルチセッションのコピーを取るわけでは無いので、使い慣れた簡単なソフトが一番である。

 今回、バックアップを取ったのは他でもない・・・win98とNT4.0WSのマルチブート環境にしようと考えていたからだ。
これはFAT16であれば、特に問題なく作れるのであるが、FAT16等という半端極まりないファイルシステムは使いたく無いので、NTFSとFAT32を使用したマルチブートを行いたいと思う。
しかる後に、テスト用のBeOS_R4.5環境も同居させるつもりである。
今まで、6.4Gを全てNTに割り当ててきたのに、いきなりマルチブートで容量減って大丈夫?って感じかも知れないが、要は音楽と動画ファイルが無ければ、以外と使用領域は減るモノだ。

 予定では・・・
Windows98(FAT32)→2.0GB
BeOS_R4.5(BEFS)→1.0GB
WindowsNT4.0WS(NTFS)→残り約3.0GB
 という感じになるだろう。

 さて、散々Win98を扱き下ろしておいて、今更こんな事をするのか?と言えば「USBを使うため」である。
Windows2000を快適に走らせることは、まず無理なのだから、それならwin98を使用してやろうというのだ。
しかし、普段の事務処理関係には、やはりNTを使用したいのでこういう方法を採らざるを得ない。
誰かWindowsアプリケーションが動作する、堅牢でかつユーザーフレンドリーなOSを造ってくれ。


Nov.9,1999 (Tue)

 今世紀最大の資産家ロックフェラーに次ぐ資産を築いた、マイクロソフト会長・・・ビル・ゲイツ。
彼の造った帝国は、いま傾こうとしている。
マイクロソフトは、反トラスト法裁判で敗北したのだ。
しかし、これは敗北を決定づけたモノではなく、今後もマイクロソフトは控訴し戦い続けるという事だ。

 ビル・ゲイツの築いた帝国は、ソフトウエア帝国であって、ハードウエアではない。
彼の資産評価は、常に株式中心であり、ハードウエアはそれほど含まれいない。
そこがロックフェラーとの大きな差である。
彼の持つ自社株がもしも白紙になったら・・・彼は単なる金持ちに成り下がるのだ。
しかし、我らがビル・ゲイツ様は、好物がハンバーガーとコークなどという非常に俗なアメリカンなので、食い物で苦労はしないだろう。
数年後に処断が下り、彼の資産がひと頃とは比べモノにならないほど少なくなった時、彼がゲイリー・キルドール(CP/Mの、デジタルリサーチ社を造った人)の様に趣味に生きれる人間になっている事を望む。
趣味に生きたからと言って、彼が幸せだったかは本人にしかわからないが・・・。


Nov.10,1999 (Wed)

 本日は早朝より、kubotaの新型機の実演会に参加。
蒜山の横、大山の裏という具合な所まで行って来た。
行くのにかかった時間は、およそ二時間ってところだ。
今回の新型機は、トラクタのアタッチメントの形式を採用しており価格が抑えられているのが特徴だ。
さて、新型機といっても何の新型機かは言っていなかったな。
では言おう、『大根収穫機』だ。
野菜関係の農業機械は、稲作に比べ非常に遅れている。
高齢化が進む昨今、後継者不足でもある農家にとって機械化を望む声は高いのだ。
価格が抑えられていると言うが、価格はざっと200万、普通乗用車が買える値段である。
一見なんて事の無い機械だが、それくらいはする。
稲作で代表的な機械であるコンバインになると、一千万位平気でするのだ。

 昨日は、大学に居たにも関わらず日記をアップロードしなかったのには訳がある。
某デフラグツールを用いて、メインのパーティーションの最適化を試みたが・・・ファイル壊れまくり(-_-;)
たった一昨日にバックアップが終わったばかりで良かったが、これが普段起こったとしたら・・・
非常にイヤな仮定だが、多分ぶち切れてしばらく何もしなかったかもしれない。
とにかく、空白はたった二日間である。辛うじて許容範囲であったのだ。

 とりあえず復旧に取りかかる。
アプリの殆どが無に還ったため、新規でシステムをインストールする。
この前言っていたデュアルブートのシステムを造り、とりあえずは終わっておいた。
そして本日、アプリを含めた環境の再構築を行った。
win98の方に関しては、仮想CDが使える程度で余計なアプリなどは一切入れない。
変に作業が出来ないようにしておいた。
 そしてNTの方だ。
こちらは、今までの経験から、前回のシステムにおいてあまり使用しなかったアプリは入れず、新たに便利そうなアプリをテスト的にインストールし、日常作業やHP制作に必須なモノを組み込む。
さすがにNTの方は慣れたモノで、必要最低限の再起動数でインストールを行った。
しかし・・・某M$社のオフィスアプリケーションは最初に入れないと酷い目に遭う。
なぜなら、某Just$y$tem社の某アプリを使用不能にさせるのだ。
最初にこれを経験したときは、さすがに嫌気がさしたが・・・。
とにかく、こうやってページの更新作業を出来るように、環境も復活したのだ。

自傷

 自傷行為・・・自らを傷つける(物理的に傷つける)事によって、心の安定を図るという心の病である。
また、BGV代わりに流しているニュースの特集からだ。
「自分が嫌い・・・だから傷つける」 実際にその行為を行っている女性が発した言葉だ。
「自分が嫌い・・・自分が可愛かったら絶対にやらない」そう続けた。
人間誰しも心の平衡を失う危険性を秘めている。
その平衡が崩れたときに、その発露が自らを傷つけるという形になるのだ。
では、私自身はどういったときに心の平衡を崩すのだろうか?
非常に興味深い問題だが、わざわざ率先して平衡を壊す気にはならない。
 何となく仮定というか想定してみると、多分自分で傷つける前に逃げます。
原因となる社会から身を隠すと思います。
多分そうなりそうになったら、山小屋とかでボッカして酒喰らって寝てるでしょう。


Nov.11,1999 (Thu)

ゾロ目

 久しぶりに1が並んだなぁ。
平成11年の11月11日だもんな。
私の席の向かいの先輩が、やたらとポッキーの日とか言ってたけど。

 とりあえず、三つ目のOSであるBeOSのインストールを試みる・・・が、あえなく敗退。
ちょっとパーティーションの区切り方に難があったかもしれない、今しばらく情報収集を試みる。
それにしても、面倒と言えば面倒だ。
とにかく、現在の構成ではGUIのパーティーション制作ツールが使用出来ないのが痛い。
なんかよく解らないエラーアラートが出てきて、先に進めないのだ・・・あ〜解らん!一回寝よう。


Nov.12,1999 (Fri)

トリプル再試行

 空き時間を利用して、再びBeOSのインストールを試みる。
あれこれした後に、結局カルデラ社の出しているDR-DOS付属のFDISK.COMを使用してパーティーションを確保する事にした。
ちなみにカルデラ社の出している〜云々と言ったが、実際は買収されているからであって、DR-DOSのDRは「デジタルリサーチ」のDRである。
そう、あのCP/Mのデジタルリサーチ社である。
これが無ければ、MS-DOSも無かったと言える。
まあ、そんな事はどうでも良い。
伊藤氏制作のBEWRITE.EXEを使ってインストールするためには、BEFSパーティーションを制作できるFDISKが必要だったから使っただけだ。
確かFreeBSD用に制作された種類のFDISKでも可能だが、まだDOSの方が扱えるのでこちらを使用した。
ちなみに現在は、このDR-DOSは個人使用に限っては、ほぼフリーウエアとして使用出来る。

 とりあえず、FDISKを使ってBeOS_R4.5のCDの内容をベタ書きする領域を確保して、win98上のDOS窓からBEWRITE.EXEを起動、書き込みを開始した。
講義に出ている間に結構時間のかかるこの作業をさせておいた。
そして戻って来ると・・・立ち上げる事は出来たが、win98とNT4.0の領域が壊れていた。
立ち上げられない所か、win98を置いた先頭のパーティーションに至ってはFATがぶっ壊れていた。
ちなみにNT4.0の方は、ntoskarnel.exeが破壊されていた。
その後、NTの修復セットアップにて、このファイルだけを修復しようと試みたが、出来なかった・・・。

 結局、win98領域は再フォーマット、NT領域は再インストール(上書き)を余儀なくされ、泣きそうになってしまった・・・。
ハッキリとした原因は特定出来ていないが、BEWRITE.EXEというプログラムは、BIOSを使ってHDD上にBeOS_CDの内容をベタ書きするので、非常に危険なモノであるとReadme.txtに書いてあったのを思い出す。
以前にR_4をこの方法でインストールしたときに、何の不具合も起こさなかったので「大丈夫だろう」とたかをくくっていたのが悪かったと反省。

 そんなこんなで、何とかトリプルブートの環境を造りあげた。
今回は失敗したが、色々と経験を積んだのは決して無駄ではない。
次に同じようにマルチブート環境を造る時には、もっと巧く出来るだろう。
考えてみると、今まで色んな事をやってきて、周りの友人達の”咬ませ犬”的な状態である。
まあ、アレやコレや凄くしょぼいサーバの構築や・・・色々と需要のありそうな事にはチャレンジしてきたが、さすがに今回みたいなマルチブート環境の需要は少ないだろう。

 咬ませ犬って言うな!パイオニアと言え!>心の叫び


Nov.13,1999 (Sat)

ソフトボール退下位

 今日は、以前流れた”大山杯争奪、○×学講座ソフトボール大会”があった。
ソフトボールなどは、五年ほど前を最後に、しばらくやっていない。
それに、ぐうたらというか、この手の行事にあまり参加しない私は、今年初めて参加するのだ。
取りあえずグラウンドへ行く。
既に集合時間を過ぎていたのに、未だに始まっていない。
みんな、キャッチボールなど練習をしていた。
しばらくすると、幹事の四年生が集合をかけ、大会が始まった。

 第一試合が始まる・・・。
こちらのピッチャーは、ソフトボールの経験者で、やたら早い球を投げる。
私のポジションは外野(センター)で、適当にのんびりするつもりだった。
 試合が始まる。
こちらが先攻だった。
打順は背番号順にポジション通りやってしまうので、私は8番だった。
一回表は、確か一点か二点程度を取ったはずだ。
しかし、私まではさすがに回ってこなかった。
一回裏の守備の時、何気なくタバコを吸おうとすると、すかさず敵方から「試合中に吸うな!」とのヤジ。
渋々タバコを仕舞った。
守備が終わると・・・さっきヤジを飛ばしてきた同期の男が、「なぁ、火貸して、火」とやってきた。
試合中に吸うなって言ったのは何処のどいつだ!(-_-;)
仕方なく貸してはやったが・・・。
さて、この試合私の成績はどうだったかというと、2打席2三振という最悪な結果で、エラーの類は全く無いのが唯一の救いだった。
しかも、同点最終回で、サヨナラ負けという屈辱ぶり。

 第二試合は、待ち時間である。
先ほどの試合の結果はともかく、二打席連続で三振姿を晒して仕舞ったのは、非常に不本意なので、勘を取り戻すために多少練習をした。
と言っても、五分位キャッチボールをして、十分位トスバッティングをしただけだ。
悪あがきでは無い。少なくとも、私はそれほど運動神経が悪い訳ではない。
むしろ普通よりは上のはずだ。
そんな、プライドからこのような行動を取ったのだが・・・。

 第三試合が始まる。
今度の相手(研究室)は、やたらやる気を出しているのが、ちょっとイヤだ。
今回もまた此方が先攻である。
今度はキャッチャーなので、打順は二番目だ。
先頭バッターが、外野前に飛ばし一塁に出る。
お次二番の私は・・・なんと!ホームラン♪ツーランホームランである。
外野を越すぐらい飛ばしてしまえば、ソフトボールのダイヤモンドなど小さいモノだから、ランニングでホームランに出来る。
二打席連続三振をやらかして、全く期待されてない打者が打ったモノだから、大喜び♪
まあ、とにかく汚名返上は出来たので、この時点である意味満足してしまった。
次の打席は、三塁打。
その次は、センターフライに終わってしまった。
結構打てたのだが・・・またもや、逆転サヨナラで負ける(^_^;)

 これによって、我が研究室は七連敗だそうだ。


Nov.14,1999 (Sun)

 昨日は、久しぶりに全力疾走をしたので、多少体がぎこちない。
やはり、準備運動は大切だ。
今はまだ大丈夫かも知れないが、多分三十も深まってからこんな事をすると、靱帯をぶっちぎったりしてしまうだろう。
いい加減、老化の始まった体に合わせねばな。

 昨日の追記になるが、夜中後輩の家でカニを喰らった。
ここは山陰であるから、当然『松葉ガニ』というヤツになる。
しかし・・・私の地元は越前なので、向こうに行けば、このカニの名前は必然的に『越前ガニ』になってしまう。
どっちもズワイガニには違い無いのに・・・。
何てったって、卒業した高校の近くの漁港は、越前ガニの水揚げ港として非常に有名だったのだ。
まあ、そんな事はどうでも良い。カニを喰らった事に話を戻そう。
しばらく前だ、同じように後輩の実家でカニを御馳走になった事があった。
そのときは・・・何故か私だけが”当たった”のだ。
そして、しばらく喰っていなくて、今回だ。
そう、また”当たった”みたいだったのだ。
どうも最近、カニとの相性が悪い。

 そして、日曜日だ。
今日は昼から、昨日のカニ喰いの三人(俺・HAL9000・後輩)で、雨滝へ豆腐を喰らいに行く。
何というか、数年来の常連なので、店長のおばちゃんが必ず何かをおまけしてくれる。
それなり離れた所だが、HALに至っては、そこらの喫茶店のごとく利用していたのだ。
コーヒーとざる豆腐を頼み(考えてみればすげぇ取り合わせ)、自然が気持ち良いこんな所まで来て、PC関連の話で盛り上がる。
ざる豆腐をつついていると、バイトの女の子が・・・「あのぅ、豆腐ナゲットはいかがでしょう?」と、おずおずと聞いてくる。
思わず、「はぁ?」と返してしまった。
恥ずかしそうに、「店長の指令で・・・」と説明を始めるので、合点した。
どうも最近始めたヤツを、バイトの子を使って売り込ませたのだ。
まあ、別に断る理由も無く、注文した。
そうして出てきたモノは、まさしくチキンナゲット風な揚げ物だった。
喰ってみれば、似たような味ではあるが・・・『なぁ、結局コレって厚揚げだよな・・・』『あぁ・・・』という状態。
しかし、さらにコレに嵯峨野風の豆腐(おまけ)を付けてくれたので、よしとしよう。


Nov.15,1999 (Mon)

 外は嵐の様に荒れ狂っている・・・此処は山陰、日本の陰。
 とにかく天気が悪い。既に典型的な冬の空模様だ。
こんな日は、大学にも出ずにコタツにあたりながらゲームでもやっているのが一番良い。
という訳にもいかないから、スカノラック(何か解るかな?)を着て大学へ行く。

一周年

 ThinkPad560Xを型落ちのローン(笑)で買ってそろそろ一年が経つ。
やたら月払いの金額を低く抑えたために、まだ八回ばっかし残っているが、それでも半分は過ぎた。
新品のメーカーものを買うというのは、初めての経験だった。
ショップブランドに始まって、そこから怒濤のパーツ交換。数ヶ月毎に強化されるマシンは、非常に金喰い虫だった。
それを止めようと、そうそう弄れないノートに乗り換えたのだ。
このコンピュータを買って、一番最初にしたことを憶えている。
『Designed for Windows』とか『Intel inside』とか書いてある邪魔なシールを剥がし、95を一度だけ確認用に立ち上げた後に、フォーマットしたのだ。
という訳で、私は付属のwin95を、ただの一度しか立ち上げず、終了命令しか与えたことがないのだ。
今にして思えば、メーカーに付属のアプリもろとも突っ返して仕舞えば、多少なりとも金が戻ったのになぁ。知らない人も居るだろうから、この場で言って置くけど。
コンピュータの値段ってのは、バンドルされているソフトを含めた値段だから、プリインストールのソフトが必要ないなら、返せるって事。
ちゃんと手続きを経て、要らないって返せば、契約上メーカーは返金しなければならないのです。
私自身、Linux系のこの手の運動が注目されてなかったら、なにも気にしないままだったかも知れない。

 今現在は、NT4.0WSを使っている。これは研究室の物だが、研究室内で使っているのが私だけなので別に違法では無い。
それよりも、そこら中にインストールされているwin98の方が問題だ。
通常ひとつのユーザーが一台に入れて良いって許諾のはずだから。
別に複数台のコンピュータに入れても、こうネットワークでかち合うとか、が無いからねWindowsは。
その点、MacintoshはOSこそプロダクトキーの類なんて無いが、アプリケーションは同一シリアルを使うとネットワークでかち合ってしまう。
誰某が使用中だから、起動できませんって言われてしまうのだ。
メジャーなアプリは、ほとんどがそうだ。
 ああ、またどうだって良いことを長々と・・・。


Nov.16,1999 (Tue)

レポートアップ

 長々と書き綴ったレポートをやっとアップした。
後半明らかにダレているのは、ご愛敬って事で♪
それにしても、色々とやってきたが、これほどまともなレポートを載っけたのは初めてかも知れない。
基本的にハードウエアの事が多かったから、デジカメとか無いと、伝えられない事が多かったんだよな。
それがソフトウエアであれば、結構なんとかなるものだ。
今までインストールって言えば、特に書く必要無かったんだけど、マルチブートみたいな事であれば記事に出来るからね。
今後は、BeOSについてちょっとづつレポートして行こうと思う。

 それとねぇ、BeOSについてよく聞かれることだけど・・・

「BeOSで何ができるんだ?ソフトあるのか?」

 って聞かれることが多い。
俺自身は、「他のOSで一般的に出来ることは同じように出来るし、ソフトも一通り揃っている」って返している。
聞きたい気持ちは解るけど、実際に金出して買ってインストールして使おうとしている人間に向かって、「使えんのかぁ?」って感じで聞くのは、ハッキリ言ってむかつく。
雑誌やインターネットで、それなり情報が流通しているんだから、これっぽっちも使えそうで無いモノを誰が買うんだだれが?
Windowsみたいに、コピーが大量に出回ってる製品を使う訳じゃ無いんだ、それなりの覚悟を持って買っているし、使っている。
こういう発言は、いわゆる”知らない”人間側からの発言であるわけだから、いちいち目くじらたてても仕方がない。
これは、コンピュータを知らない人間が、「パソコン買ったからって言って何ができるんだ」と言っているのと、そう大差無いのだ。

 改めて、BeOSを使う理由をきちんと書けば。
より優れたOS(基本ソフト)を探している、という事になるかな。
ある程度使っていれば、最低限必要な機能なんてかなり削られるのだ。
ネットワーク関係にしてみれば、TCP/IPを実装しているのだから通常の事は出来るし。
NT4.0WS程度の機能は、包括してしまっている。
では文書作成など、日常のデスクワークに関してはどうか?ソフトウエアはサードパーティから発売されている。
まだ買っては居ないが。
マルチメディアに関しては、これがBeOSの売りである以上悪いモノではない。
良いと書かずに、悪くは無いと書いたのは、マイナー故に動作デバイスが限られてしまうという点があるからだ。
しかし、現時点でATAベースなど、低価格のハードウエアでその性能を最も有効に引き出せる唯一のシステムと言って過言ではない(あくまでメディア関係)。
そして、最も重要なのは、OSそのものの設計が非常に新しいという事だ。
マイクロカーネルを採用したOSを、今までに何種類か使った事がある。
その中で、その恩恵を最も感じられたOSがBeOSなのだ(B-right/Vは別格)。
一度経験すると、なかなか良いと感じるはずだ。

 こうなるまでの能書きは散々たれてきたし、今現在も色々と模索しているんだから、愚かな質問は控えるように。


Nov.17,1999 (Wed)

香港のスラム居住者強し!

 某所のBBSにも書いたんだけど、香港でとあるスラムが強制退去させられたらしい。
その様子をワールドニュースが伝えていたのだが、TVで流れた映像がやたらと面白かったのだ。
弱者である、スラムの住人が強制的に追われているのを「面白い」などと言うのは不謹慎だが、面白かったのだからしょうがない。
どう?面白かったのか?と言うと、抵抗している住民にやたらと強いヤツが居たって事だ。
いわゆる昆(本来は、木+昆)の使い手だったのだ。
突く!打つ!払う!って感じで、大勢の機動隊らしき官憲を相手に立ち回っていたのだ。
機敏かつ流れる様に昆を捌く姿は、まるで正義の味方(笑)みたいだった。
何にせよ、効率よく暴力を使うには集団にならざるを得ない。
政府というか、権力側がやたらと醜く見えるのは効率よくやらなければならないからだ。


Nov.18,1999 (Thu)

 今日は、遅れていたラッキョウの生育調査を行った。
陰鬱とした山陰独特の空の元、何が悲しゅうてラッキョウ弄ってなあかんのや!
と愚痴を言いたくならなくもない。
とにかくこの季節は風が冷たい、今研究室に戻ってきて、この文章を書いてるが頭が痛くてたまらないのだ。
とっとと帰って寝ないと、風邪をひきそうだ。

 頭を使おうとすると、やたらと痛いので、今日はとっとと帰る。
昨日作った内容だけアップしていく。


Nov.19,1999 (Fri)

風邪の予防

 取りあえず風邪はひかずに済んだようだ。
風邪をひいた所で、寝て治すけどね。
元々は、よけいな金を 使いたく無いから、ギリギリまで医者に行かないようにしたのが始まりだ。
それほど病弱な訳では無いので、大抵の風邪はこれで治る。
インフルエンザに関しては、ここ五六年かかった記憶が無い。
それどころか、高校時代にも中学時代にもかかっていないから、十数年インフルエンザとは無縁ということになる。
これを聞いて「丈夫だねぇ」って言う人もいるが、それくらいの人なんて掃いて捨てるほど居るよ。
何らかの運動や、体使う仕事やっていれば、以外にかからないものだ。
それに、世の中には風邪でもひかないと仕事を休めない人が居るのだから、全くひかないのも「何だかなぁ」という場合もある。
私と付き合いのある人は、一度ならず聞いているだろう。
俺がやたら健康な時に、「バカは風邪をひかない」などと言ったりすると、「バカは健康管理が出来ないから風邪をひく」と切り返す。
健康の有り難みを知らないとか、体の丈夫さにかこつけて言いたいことを言うな、とか色々言われてきたがここに宣言する!私はそれなりに健康管理しているのだ。
普段やたらと薄着で居るが、寝るときは絶対に布団で寝ている。
という程度の事だが、それすらやらない人間が以外といるものだ。
ネタをバラせば、暖房器具が部屋に無いからコタツでうたた寝など『絶対に出来やしない 』からなのだが・・・(笑)

 ついでに言っておくと、暖房や冷房に頼ると自律神経やられるよ。
悲しいかな経済事情によって、俺はその手の快適病とは無縁なのだ。


Nov.20,1999 (Sat)

 久しぶりに昼飯を学食以外で喰らう。
学食のコストパフォーマンスも良いが、たまには不味い飯屋に入って喰らうのも悪くはない。

 以前から確保して置いた、ハイパーマートのアカウントにCGIを設置してみる。
何事もなく動く・・・つまらん(-_-;)
こういうモノは、やたらと苦労する事が多いが、苦労しないコンポーネントを拾って来て仕舞ったのだから、しょうがない。
不具合を出したのは一度だけ・・・って言ってもBinaryで送っちまって、ヘッダの情報がきちんとならなかったのが原因だ。
まあ、速攻気づいたけどね。
設置したのは、チャットルームでソースはよく行くサイトで使っていたものと同じモノを使用している。
やっぱりこの手のモノは親切で、やたらとソースの中に、コメントアウトした注釈が載っている。
全部削除したら、きっと三分の一位のサイズになるだろうなぁ。
だって、スクリプト言語なんだから、2バイト文字消すだけで、やたらとスリムになるだろうなぁ。
でも、メンテや改造の時に面倒だから消さないけどね。

 ハイパーマートって、それなりの使用領域を貰えるしCGIも使えるだけど、やっぱり小窓(いわゆるポップアップウィンドウ)が煩いなぁ。
JavaScriptを無効にすれば出てこないんだけど、そうすると自動消しが使えなくなる・・・。
まあ、一長一短って事か。
どこかと契約すれば、こんな問題も無いのだけれど、やっぱり今の財政ではきついモノがある。
就職して、金が潤えばちゃんとまともなプロバと契約するから、それまでお待ち下さいってなもんだ。

 最近買った本に、月刊トランテック11月増刊Java集中講座ってのがある。
昔一度Javaに挑戦しようとして、挫折した経緯から再び挑戦しようと言うのだ。
Cも満足にわからん人間が、Javaから始めようなどと言うのは、ちゃんちゃら可笑しいかも知れないが、基本があまのじゃくだから・・・。
それに、今度はちゃんとPureJavaでやるからね(笑)
昔、何も知らずにVisual_J++を買ってしまった事は、私とあなたの秘密だ。


Nov.21,1999 (Sun)

Rを買いに

 寝て起きると、FireManをやってる友人から電話がかかる。
「あ、起きてた?なあ、CD-R買いに行きたいんだけど、つきあってくんない?」との事だ。
この友人は、ついこの間、格安でPC/AT機を組んでやったヤツで、かなり前からRが欲しいと言っていた。
ようやく金の都合がついたのか、買いに行く事になったのだ。
それなりにPCは使えるのだが自作は初めてで、組むときに私が一から十までやってしまったので、ハード関係はちょっと不安らしい。
それに、以前使っていたのはNECPC-98で、やった事と言うとHDDの交換とRAMの増設くらいだったらしい。
ハードウエアの事を私に依存しきってしまっている現状に危惧を抱き「きちんと教えてくれ」という。
「ああ、どうせ組んでやるならこういうヤツの方が良いよ・・・」と言うのが、私の本音だ(笑)

 取りあえずRを買いに、パソコン工房(砂上の楼閣市店)へ赴く。
先月チェックしたところ、書き込み4倍速の松下寿製のドライブがあったらしい。
今回のターゲットは、それである。
現在、売れ筋が8倍速に移っているが、メディアの対応状況を考えると、4倍で十分なのだ。
所が・・・激安4倍が店頭からは消えていたのだ!代わりに同じ松下寿製の8倍速ドライブが298で置いてある。
「あれぇ・・・?!」目的の、4倍速が無く、ちょっと当惑気味。
激安ドライブはATAPIのヤツしか無い。
此処でポイントなのだが、私がアドバイスする以上、ATAPIのドライブを買うことはまず無いと言って良いだろう。
確かに安いが、私はATAPI の弊害をあげつらい、「SCSIで無いとダメ」みたいな雰囲気を造る。
質問されるままに、SCSIとATAの違いを説明してゆき、結局安定性を選んでSCSIの8倍速Rにする。
高いRを買ってしまったので、SCSIカードは私の手持ちのIO-data/SC-UPCIを五千円で提供。
まあ、中古価格に準じた妥当な値段だと思う。

 友人宅に戻り、筐体を開け色々と講釈しながらRの取り付けをする。
起動すると・・・・止まる(-_-;)何故かSCSIのBIOS画面が出てこない。
ドライバは最新のモノを突っ込んだのに、動かない・BIOSが表示されない・・・・。
スロットの位置を変えてみるが、症状は変わらない。
しょうが無いので、BIOSを殺した設定にして起動する。
ちゃんと起動して、ちゃんと動いている。
SCSIの値段ってのは、BIOSで結構変わるものなのに・・・(-_-;)
友人は「動きゃ別に良い」と言うが、私的には非常に不満足である。
このカードを引き取った先・・・HALに文句の電話をかけてはおいたが・・・。


Nov.22,1999 (Mon)

揃いも揃って・・・

 腰が痛くて、一日中寝ている。
 今週末、とある計画を実行するために、装備を調達するために友人や後輩に当たる。

まずは、一人目後輩その1・・・
「なあ、今週末ウエットスーツ使いたいんだけど、貸してくれない?」
「良いですけど・・・○×さん、俺のじゃ絶対入らないですよ?」
「当たり前だ!そんな事は分かってる!使うのは俺じゃ無いんだ!考えなくたって分かるだろうに」

同期その1・・・
「なあ、金曜までにウエットスーツ貸してくれないか?」
「ああ、別に良いが・・・いくら何でも俺のはサイズが・・・」
「そんなことは考えなくても分かるだろうが!使うのは俺じゃ無い!」

 二人が二人とも、考えなくても分かる質問をする・・・。
バカか貴様ら!となじってやりたいが、貸して貰えないと困るので、その場はグッと喉の奥に追いやって置いたが、結局此処に書いていれば同じ事だ。


Nov.25,1999 (Thu)

 ごめん!長い間さぼったせいで、記憶が欠如している(^_^;)
やたらチャットや東風荘をやったような記憶がすこーしあるだけだわ。
って事で、飛ばさせてもらいます。


Nov.26,1999 (Fri)

 金曜日・・・広島より伊亜が来る。
来るのは良いのだが・・・この男、よりによって講義中に電話をかけてきやがる(-_-;)
普段この時間帯にかけてくる者はいないので、特に携帯の電源を切ったりはしないのだが、このときばかりはやたらと重なってかけてきやがった。
ウエットスーツを借りる予定の後輩からかかり、くだらない用事のHALからかかり、そして伊亜からかかってきた。
たった四人しか受けていない講義だから、抜け出すと目立つこと目立つこと・・・。

 講義が終了後、とっとと研究室を抜け出し伊亜と合流。
飯を吉野屋に喰いに行く。
その後、マシンを新調した伊亜が放出するパーツを吟味した。
最近はATのボードやケースの引き取り手は少ない。
個人ならなおさらである。
クロックアップが横行し、皆がセレロンを高クロックで動作させている今、古いATのマザーの引き取り手等というのはそうそう居ないのだ。

コネクション?

 放出パーツは、ATケース・TXのATボード・32MB_SDRAM/66*2・MMXPentium/200MHz・Sound/ISA ・SCSI/HDD*3といったものだ。
私は常々トリトン系の最終チップであるTXのボードが欲しかったので、これは渡りに船というモノだった。
だからといって高額で引き取る様なマネはしない、よほどの変人(笑)でないと引き取らない古いATボードなど買いたたいて当然である。
それにMMXPentiumはClassic Pentiumに比べ値下がりが著しい。
市場的には、Socket5で使用可能なClassic系の方が高値を付けるのだ。
つまり、これも買いたたきの対象になるのだ。
サウンドカードは相性問題を引き起こした経歴から、これも買いたたき対象。
HDDに至っては、問題品を再生したモノだから買いたたきの対象。
ケースも埃付きのモノでしかも、前面パネルが欠品である。
これも買いたたき対象。
結局彼の放出品の中で、最も価値を持つのはRAMなのだ。

 さて、買いたたき買いたたきと記して来たが、実際二級三級の品を市場価格で引き取る事を考えれば、決して彼にとって悪い話では無いのだ。
確かにこれらのパーツを組み上げて、きちんと動作させてシステム一式として売れば、それなりの値段はするだろう。
しかし、そんなことをやっている時間や手間を考えたら割に合うモノではない。
そして一番の問題は、足りないパーツを埋めるという事である。
そうそうパーツの遣り取りが生じる訳ではないので、次のパーツが貯まった頃にはとんでもなく古くなってしまったりするのだ。
その点私は、最近組み上げて放出したが、それでもある程度のパーツをストックしている。
そういう状況だからこそ、私は引き取ることが可能なのだ。
友人連中は、大抵古くなったパーツを私に譲ってくれる。
それは、これまで私が組み上げたコネクションの賜であって、通常砂上の楼閣県の様な田舎ではそうそう無い話である。
そういうことが可能なコミュニティを自分で造るしか無いのだ。
私が、便利屋の如きにサポートを行うのは、そういった相互扶助の関係を造り上げるためである。


Nov.27,1999 (Sat)

 土曜日なのだが・・・朝になるまで伊亜と話込んでいた。
そう、昨晩から続けてだ。
適当な時間までつぶれると、洞窟に入るための小物を買いに行く。
まあ、それほど大したモノが必要な訳では無いが、一般人に常時持っておけというのは多少無理がある様だ。
HALに電話をかけて状況を聞くと、徹夜で実験とデータ整理を行っており、しかも未だに続行中とのこと。
取りあえず終わったら電話をかけるようにと言ってその場を終わる。
私も睡眠を取っておらず、いい加減眠かったので仮眠を取ることにした。

 夕方HALからようやく電話がかかる。
必要な物のリストはメールで送っておいたのでそれを元にやれば良いだけである。
が、つきあうと言っておいたので、取りあえず買い物につきあう。
買い物が終わると伊亜が寄生している、葵ちゃん宅へと向かった。
誰も晩飯を喰っていなかったので、晩飯をまたも吉野屋へ喰いに行く。
相変わらず牛丼は牛丼だ。

 運転手をやるHALに仮眠を取れと命令し、我々は友人宅で三人麻雀を始めた。
そしてその場に何故か、D元さんが現れる。
この人が混じると、伊亜は麻雀に勝てなくなるからちょうど良い感じである。
三人打ちは、私の大勝利にて幕を閉じた。
タバコが吸えないと言うので、近所の葵ちゃん宅へと卓を移し麻雀を続ける。
四人打ちでは私も沈んだが、伊亜はもっと沈んだ。
この男、私に借金を返しに来たはずが二倍近くに膨らませただけだった。


Nov.28,1999 (Sun)

洗牌で後輩を起こす

 本日未明、新見に向かって出発する。
出発予定の二時までは、葵ちゃん(極真空手の部長)の家で麻雀を打つ。
伊亜のスパーヅカンモードは解ける事無く続いている。

  出発予定というか実際には行動開始の時刻で、部室へ行って装備をかき集めたりしていて、出発自体は三時である。
大体三時間はかかるので、細かい休憩等を含めて現地に七時に着くように設定したのだ。
一部ちょっと道を間違えたが、大体予定通りに到着。
そしておもむろに麻雀の準備を始める(^_^;)
天気の状況は軽く雨が降っていたが、そんなことは関係ない。
ギャグに全身全霊をかけずにして、一体何にかけるというのだ?
後輩達がテントを張って寝ているその側で、いきなり朝っぱらから麻雀を始める事が受けない訳がない。
もちろん、私が今日この場に来ることは後輩には内緒にしてある。
伊亜とHAL そして私の三人で準備を整えると、一気に洗牌を始める。
そこいら中に「ジャラジャラ!」っと、牌のぶつかる音が響く。
テントの中では「何?!麻雀?!」と言った声が聞こえ、後輩達が顔を出してきた。
「よぉ!」と私がさも当然の様に声をかける。
「麻雀っすか?!」「ああ」と別段普通な会話が続くが、此処が新見の山の中で、しかも雨空の下という異様な状況であることは変わらない。
後輩達の、面白がるような呆れるような顔を見ると、「成功だ・・・」と心の中で小さくつぶやいてみた。

 が、この異常な卓はこれだけでは終わらない。
三人打ちである、当然もう一人打てる訳だが、そこで案の定後輩の一人が引っかかって来た。
「一人足りないんじゃないっすか?」と言い出す。
そして後輩を含めて今度は四人で打ち出す。
そして、我々の事前の取り決め通り、HALがリーチをかける際におもむろに財布を取り出す・・・そして千円札を叩きつけて「リーチ!」と叫んだ。
そのとき後輩は「!・・・えっ?」という具合である。
全くの冗談だが、事前に「千点千円って事にして、現金使ってやってやろう」という事を話していたのだ。
すかさず「当然”でかピン”だよ」という。
間違いが無いように「千点千円」と相づちも忘れてはいない。
後輩の後悔に歪んだ顔が見れるかと思ったのだが、どちらかと言えば状況を受け入れ切れずにいるといった感じであった。

 実際に洞窟入った話の方は、別途書こうと思うので、そちらを待ってください。


Nov.29,1999 (Mon)

 眠い!
 とにかく眠い!
 先日の夜十時頃には寝てしまったはずが、昼間まで起きなかった。
それに、一度起きあがってトイレと歯磨きを済ませた後に、更に寝てしまった。

 夕方先日洞窟に入った三人と葵ちゃんで、砂丘近くの温泉に入りに行く。
そして晩飯にまたもや吉野屋に・・・此処までくると、殆ど自虐である。
何でまたこんな牛丼屋に通わなければならないのか?


Nov.30,1999 (Tue)

パーツターミナル

 夕方、一年前にCamel(←詳しくはPC遍歴参照のこと)を売りつけた後輩から電話がかかる。
何でも、次のPCを造るので手伝って欲しいとの事。
一年しか経たずに何故に次の?というのは、最近やたらとPCの動作が怪しくビデオがきちんと働かない等の不具合に喘いでいたからだ。
私は可能な限りはサポートするが、返品は受け付けないという条件を最初に提示していたので、さすがに「金返せ」とは言われなかった。
それにしても変なモノで、私が使っていたときには不具合らしい不具合は出てなかった機械だったのになぁ。
とにかく、パーツは同じ研究室のひとつ上の院生と既に買いに出ているとの事だ。

 彼が買ってきたパーツは、安定指向のM/BとPC100対応の128MBのRAM、そしてミレニアムG400だった(SHの方ね)。
ストレージデバイスとビデオ以外の拡張カードを残し、総取り替えだ。
私のマシンを売ったのだから、当然ATだったのでケースも新調している。
一通り組み上げ、動作を確認してみる・・・が、動かない(-_-;)
何故かは分からないが、とにかく動かない。
やたらとイライラしてきて、色々試してみるがやっぱり動かない。
何故?頭をよぎる問いかけに私の脳はフル回転で検索をかけるが、答えは見つからない。
しばらくして・・・私はあることに気づいた。
「・・・駆動音が小さすぎる」そう、それこそが答えに通ずるドアだったのだ。
私は、半ば確信を胸に・・・いや疑惑だったかも知れない・・・その部位を見た。
そう、背面の電源ボルテージは230Vをセレクトしていたのだ。
すかさず110Vにチェンジし、起動を行う。
「ヒュイーーーン」と今までの何倍もの下品でけたたましいPC/AT独特の音を出しながらBIOS画面が立ち上がったのだ。
いわゆる見落としというのは、こういうところで生じるモノ。
って言うか、日本で販売するならデフォルトで110Vにしておけよ(-_-;)

 その後順調にセットアップは進み。
取りあえずネットワークの参加と各デバイスの認識をさせたところで作業を終えた。

 今回の製作によって、以前私が売りつけたM/BやCPUが余ってしまった。
取りあえず売るあても無いとの事で、私が一時引き取ることにする。
広島三悪人のひとり、伊亜から引き取ったパーツも含め、一気に二台分のパーツを抱え込むことになってしまった。
最近思うのは、仲間内のパーツは殆どが私を通して右へ左へ動いている。
まさしく私は、パーツのターミナルを担っている事にはたと気づいたのだった。


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