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過去の日記



[行間を読め!]

Aug.1,2000 (Tue)

 読書週間続行中


Aug.2,2000 (Wed)

  『鉄鼠の檻』読了


Aug.3,2000 (Thu)

 『絡新婦の理』購入〜読書開始。


Aug.4,2000 (Fri)

  『絡新婦の理』読了


Aug.5,2000 (Sat)

 『塗仏の宴〜宴の準備〜』・『塗仏の宴〜宴の始末〜』購入。


Aug.6,2000 (Sun)

 『塗仏の宴〜宴の準備〜』・『塗仏の宴〜宴の始末〜』読了。


Aug.7,2000 (Mon)

 ここに『読書週間〜京極夏彦編〜』の修了を発表する。


Aug.8,2000 (Tue)

中海干拓

 祝!中海干拓現状中止の方向へ

 日本が高度成長を開始した頃に計画された、島根県中海の干拓工事を中止する方向で固まりそうだ
。農用地拡大のために、昭和38年に計画された中海の干拓事業だが、着工の遅れや環境変化による内水面漁業への影響等で、計画の見直しが叫ばれていた。
なにより、現在の経済状況とあまりにかけ離れてしまったこの事業は、公共事業王国島根県といえども続ける事は出来なかった様だ。

 公共事業で支えられている日本の経済は、基本的に”壺埋め理論”の枠を出ない。
ODAも基本的には”壺埋め理論”の延長上にあるのだ。
確かに、苦境に喘ぐ日本を復活させたのは、この壺埋め的な公共事業による経済活性化であるのだが、いい加減経済の構造改革が必要だ。
そう、必要だ必要だと言われ続けて十年以上経っているのだが、未だなんにも変わっていない。
どう言う事なんだろう?経済評論家や学者先生の類がずうっと言い続けてる事なのに、現状はサッパリだ。
日本にいったいどれだけの経済学部が存在しているのだ?
「学問と実際は違う」と言う連中が多いのは解るが、逆に言えば役に立たない学問やってる連中が大勢居るって事だ。
大学ってのは学問だけやってりゃいいってもんじゃ無いだろうに。

 私がむっちゃ俗な研究やっているからって、こう言っている訳じゃない。
もちろん学問をしっかりとやる所は必要だと思っているし、金にならない事こそ大学でやるしかないのだ。
しかしだ、全国津々浦々の大学に存在している経済学部って何なんだ?
研究成果ってのは世の中にどう反映しているんだ?
日本政府がああだから無理ってんなら、今後また黒船でも来航しない限りこの構造が変わる事も無いだろう。
経済学者ってのは、どう考えても農学やってる人間より多いだろう?
なんかもうちょっと有効に働かないものかなぁ・・・。

 まぁ、農学部で中山間地がどうのってやってる連中も同罪といえば同罪だがね(笑)


Aug.9,2000 (Wed)

 今日は何かと忙しかった・・・バタバタと1日が過ぎるはずだったのだが、夕方さらに一件用事が入り込んだ。
しかも状況的には最悪、大学に出てきていた足持ちの人間はそれぞれの実験が続いていたので、自前で足を確保しなければならなかった。
色々と電話をかけまくった挙げ句に、結局部の後輩に頼むことになった。
で、後輩を呼びだしていざ砂丘に向かったのは良かったのだが、バイパスを好調に飛ばしていると・・・ウゥ〜〜・・・とイヤな音が・・・

 「前の車〜左に寄せて止まりなさい〜」

 と、案の定、覆面パトだった。
後輩はあっさりと制服を着たおじさんから、キップを頂いたのだった。
なんというか・・・呼び出した手前、非常に気まずかった。

 砂丘での用事その他をすませ帰り道、かなり申し訳なく思って反則金の一部を持とうと思ったのだが、何となく思っていた通り後輩に断られた。
仕方ないので、夕方からある夏合宿打ち上げの金にしろと、その金を渡した。

 ・・・言えない、いきなり電話かけて呼び出して足に使った挙げ句に捕まり罰金の憂き目に遭ったというのに、砂丘の用事が連絡不足から来る全くの無駄足だったとは (^_^;)
 許せ!Nがのよ!


Aug.10,2000 (Thu)

河口堰

 吉野川河口第十の堰の大幅改修・可動堰化の計画がいったん白紙に戻される事になった。
住民投票の絡みでやたらと物議をかもした、あの問題である。
いい加減大規模土木公共事業も収束へ向かわねばなるまい。
住民投票が行われ、地方vs省庁なんてな対立図式にまで持ち込まれ、全国ネットでお役人の暴言が垂れ流されるに至っては、さすがにああするしかなかろう。
以前にも書いたのだが、改めてあのお役人のセリフを書こう。

 「河口堰は要らない、と県(徳島)は言うのだが、だったら洪水が起こった時には、ご自分達でなんとかして頂きたい」

 という内容の事を言った訳だ。
これは何度も書くが、責任放棄と言ってもいいセリフなのだ。
こんな暴言吐いておきながら、建設大臣が陳謝した等という報道は聞いていない。
とにかく未だにあのときの報道を蒸し返すのもなんだが、私はあのときの役人の言動をそうとう据えかねてるのだ。
どうしようもない(^_^;)

 今日はAGT-TestType00の走行試験があった。
今日は、耕耘しながらの試験を含んでいたので、実験室裏の圃場で行った。
この圃場・・・使っている部分以外はほったらかしなので、思いっきり藪になっているのだ。
で、直ぐ隣が水利系の実験室なので、蚊がむっちゃいる所なのだ。
一分でも止まっていると、寄ってくるわ寄ってくるわ。
しかも、走行中はカメラマンやってるもんだから、三脚を使わずに撮影している時はブレを防止するために動けない・・・そこに蚊が寄って集って来るのだ。
たかが蚊だが、されど蚊なのだ。好きこのんで血を吸わせるヤツなんて、巨人の星の伴忠太(漢字合ってる?)くらいなものだ。
忌々しげに思いつつ、研究室にタバコを忘れてきたのを悔やんだ。
タバコを吸っていれば、顔の辺りに寄ってくる蚊は追い払う事が出来たのだが。

 二日前の日記に、あまりにも手前勝手な事を書いてしまった。
ときおり、考え込む事があるのだが、大学ってなんだろう?
誰かから聞かれれば、それなりの答えを直ぐに返してしまうのだが、だからといって私がその考えに基づいて生きている訳じゃない。
常に考え続けるものだと思ってるから、コロッと違う事を考えてるかもしれないってヤツだ。

 糾弾されるべきは大学じゃなくて、そういう研究を行っている研究者とその実践をしなければならない国なんだよなぁ。
研究者と実践者の間の溝が深すぎるのが問題なのだ。
てはきちんと成り立ってるけど、アレを科学かの様に言うのはどうかと思うよ。


Aug.11,2000 (Fri)

 TOKIOがやっている『メントレ』とかいう番組で、

 「 心霊現象は心理学で解明されている!」

 とかモロに言ってたけど・・・思うんだけどさぁ、心理学って科学か?違うだろ?
人体生理として金縛りとかを言う分には、それは医学もしくは生理学で解明って言っていいと思うけどね。
「幽霊とかを心理学で解明!」じゃなくて「心理学で解釈」だろ?違う?

 心理学ってよく解らないから、だれか専門でやってる人居たら教えて。
心理学って学問としてはきちんと成り立ってるけど、アレを科学かの様に言うのはどうかと思うよ。


Aug.12,2000 (Sat)

 ゲゲゲの鬼太郎シリーズ第四段のビデオソフト26巻を借りて来ていた。
別に鬼太郎ファンって訳じゃ無い、この作中に面白いモノが出てきているからだ。

 その面白いものとは、作中キャラクターである。
陰陽道いかるが(斑鳩?)流当主、一刻堂である。
あの腹話術のアレではない。本放送は'96年からだから、関連性は無い。
まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。
この一刻堂ってキャラデザインをやっているのは、レイの京極夏彦である。
自ら憑物落としの拝み屋と名乗り、式を打ち言霊を操りる。
決めゼリフが「この世に不思議なものなど無い」。
そう、妖怪小説シリーズに出てくる京極堂と被るキャラなのだ。
外見は、京極堂の描写そのまんま。
【墨で染めた様な真っ黒い着流し。黒い羽織には晴明桔梗が染め抜いてある。手に手甲。黒足袋に黒下駄。鼻緒だけが紅い。】ってヤツだ。
ただ、黒下駄かどうかは怪しいがね。そんでもって、声優が京極夏彦本人とくれば・・・ね。

 小説の京極堂とは別のキャラである。
小説の京極堂は読者のイメージした京極堂であり、読者のイメージが常に正しい。
と、京極夏彦自身が言っていた。
だが、あまりイメージとかけ離れたモノではなかった。
だからこそ、良くないとも言えるのだが・・・。


Aug.13,2000 (Sun)

 百器徒然袋ー雨・・・読了


Aug.14,2000 (Mon)

 中途半端な日だった・・・なんせ、大学は開いてはいてもガラーンだし。

学生は来よらんし。


Aug.15,2000 (Tue)

 今日は敗戦の日です。

 日本には独立記念日は無い。

 解放記念日も無い。

 ただ、敗戦の日があるだけだ。

 異民族の侵略を受けた事が無い訳ではないのだが、大陸のような蹂躙の歴史は無い。
ただ、アイヌにとっては蹂躙と逃亡の歴史である。
支配力を持った統一政体によって、日本の統一が為されたのは、江戸幕府まで待たねばなるまい。
封建体制の整備は昔から行われてきたが、その確立は太閤検地としなければならないらしい。
日本史は高校では取らなかったので、聞きかじった程度の知識しか無いし、しかも正しいとは限らない。

 それでも、日本の歴史の概要くらいは知っている。
それに、日本がどうやって先の戦争に負けたか、もだ。
私は「終戦記念日」って言葉が嫌いだ。
なんか他人事に聞こえるからである。
旧体制を彷彿させる言葉は極力避けている。
そうしたいのは解らないでも無いが、いい加減どうにかしないといけないんじゃ無いのか?
以前から社会党が嫌いだと言うのは、やたらと憲法に固執しかつ無能であるからだ。
五十年前のあの時に造られた憲法、いい加減替えようや。
非核三原則は立派なお題目だと思う。
被爆国として主張するには凄く良い内容だと思うけど・・・軍備放棄ってのはいただけない。
自衛隊じゃ無くてせめて国防軍にしてあげたいって思うんだよなぁ。
 領土欲で戦争していた頃が懐かしいね。


Aug.16,2000 (Wed)

 何をやったかよく憶えていないなぁ・・・・


Aug.17,2000 (Thu)

 何をやったかよく憶えていないなぁ・・・・


Aug.18,2000 (Fri)

 本日、いきなり思い立って『パーフェクトストーム』を観に行く。
前評判は、ハッキリ言って良くないし、なんと言っても週末の映画館のくせに観客が6人である。
これは、砂上の楼閣県という特性を引いても、経営側にとっては由々しき状態である。
高々6人ぽっちでは、上映コストや冷房費までは出ないのではなかろうか?

 で、肝心のパーフェクトストームの方なんだけどね。
何故にこの映画を見に行ったか?っていうのは、俺がよく言う「CG鑑賞」の部類に入る。
何て言うか、映画のストーリー自体は実話に基づき〜云々っていう、よくあるヤツでそれほど面白くもない。
しかしだ、波がむっちゃ凄い。
そう、わざわざ千数百円出して波を観に行ったのだ。

 この映画に出てきた波ってヤツは、ちゃんと物理基準に即した波だという。
スタッフの中には、ディープインパクトの波を造ったヤツが居たらしいが、あの時はハンドアニメーションでそれらしくした様だ。
今回は、物理的な基準の合わせて、波や嵐を考察しコンピュータモデルを造り上げたのだ。
もう、波がすげぇすげぇ♪誇張やカメラアングルの関係もあるが、実際に起こりうる凶悪な波だと思うと、なんかこう嬉しくなるんだよなぁ・・・。


Aug.19,2000 (Sat)

 夜中にいそいそと大学へ・・・棚上げしていた学会準備のためだ。


Aug.20,2000 (Sun)

 久しぶりにラッキョウのバイトに入った。
今年は色々とやることが多いので、ラッキョウのバイトには入らないと決めていたのだが、
バイト先のSさんが今年も「三輪車耐久レース」に出場するので、急遽助っ人に入る事になった。
久しぶりにバイト先のシバウラトラクタでラッキョウの種株を掘ったのだが、どうも機械の調子が思わしくない。
マシンノイズが目立つし、掘り機の下から2番目のシャフトが歪んでいるし、どうもグリスも切れかけている。
グリスガンが置いて無かったので、まぁ今日くらいは・・・と思って機械をいたわりつつ作業。
同じく暫くぶりにキャビン付きのクボタのトラクタに乗ると、色々とオプションが追加されていて、やたらと視界が悪くなっていた。

 ラッキョウ作業で疲れてしまっていたのだが、今日も今日とて学会準備のために夜中大学へ。
発表要旨を書きつつ、だらぁ〜としながらネットをフラフラ。
とあるチャットルームに顔を出すと、なんと管理人が居るではないか?!

その場でチャット開始(^_^;)

2時間も話していたかなぁ、いい加減ヤバイので作業に戻ったが、管理人と出会ったのは非常に久しぶりであった。


Aug.21,2000 (Mon)

 朝、電話で呼び出されて大学へ。

 また妙な仕事を頼まれる。
まぁ、私を名指しで呼びだしての仕事なんて、大抵はトラクタオペレーターである。
三年前から、やたらとトラクタに乗って仕事をしているせいか、教授はトラクタオペレーターの仕事は必ず私に回してくるのだ。

 で、今回の仕事というのは、砂丘の保全に関わるものである。
要は、砂丘に入ってトラクタの運転をするってだけ。
砂丘にある植物を、トラクタのロータリでかき回して取ってしまうというモノ。
当然、対象となる植物ってのは砂丘植物で無く、環境の変化のせいで砂丘に根ざしてしまった類のものである。
トラクタを借りる農家へ挨拶へ行き、そんで砂丘の対象地区の下見へ行った。
昼の昼間っから紫外線降り注ぐ観光砂丘を歩かされる。

 暑いし、熱い。

 植物は専門外なので、どれが砂丘植物でどれがそうでないかなどは、私の目にはよく解らない。
とにかく何処をやるのかは分かったが、トラクタを運んで来るだけで一苦労な場所なのでウンザリする。
砂丘の事が分かる人には分かるように書くが、馬の背の手前の雨が降って暫くすると池が出来る辺りである。
とっとと済ませてしまいたいが、農家からの連絡が入らない事には先に進まないなぁ。

Deep Blue See

 何となくだが、「Deep Blue See」(邦題;ディープブルー)を借りてきて観た。
いわゆるジョーズ系列に入れられる、サメのパニックアクションモノである。
簡単に感想を書いておくと、サメのCGの出来がいまいち。
サメそのものというか、サメの躍動感を表すうえで、海中映像での水の抵抗が軽すぎる。
厳密に水の抵抗を計算した上での映像かどうかは知らないが、あまりにアクションが軽すぎてそれっぽく見えないのだ。
映画としての出来はそこそこで、けっこうまとまっていたと思うのだが。
もうちょっとCGシーンを練って欲しかったと思う。
 最高なのは、誰も彼も「ぱっくんチョ♪」とサメが喰ってしまう所。

 「え?」 ぱっくんチョ♪

 「きゃぁぁぁぁ!」 ぱっくんチョ♪

 「くそう!サカナなんかに負けんぞ!」 ぱっくんチョ♪

 「今こそ奮い立ち、対抗するのだ!」  ぱっくんチョ♪

 ああ、なんて良い映画なんだ。


Aug.22,2000 (Tue)

秘匿

 今日の話題はかなりアレですので、自分がノーマルだと自負される方は読まれない方がよろしいかと存じます。

 話題って程でも無いのだが、なーんとなくだがエクセル・サーガの第六巻を読んでいると、「ペドフィリア」なる言葉が出てくる。
この言葉、聞き慣れない人もいるでしょうが、逆によく知っている人もいるでしょう・・・・誰とは言わないが。
まぁ、現在広がっている低俗な意味合いでは、まんまロリコンって事で良いです。
まともに訳せば『幼児性愛』になります。
要は、性愛の対象を年端もゆかぬ少年少女に求めてしまう、アレな人や性癖を指して言うわけですね。
大体において、サミットに参加する様な先進工業国の法に照らすと、大抵のものが犯罪になります。
日本で言えば、青少年保護条例がコレに当たります。
国内ですとちょっと前まで東京都に青少年保護条例の淫行のアレが無かったんですけど、確か90年代初頭に東京都でも定められたハズです。
って事で、国内では例え同意の上であっても、年端もゆかぬ少年少女と性交に及ぶと例外なく処罰の対象となるのです。
もちろん、一方が成年で行為がバレたらですけど(少年少女同士ですと補導だったかなぁ・・・?)。

 いわゆる条例違反となると、大体報道においては「淫らな行為に及んだ〜」なんて流される。
淫ら〜云々って事は、要は行為自体はノーマルだったって事だ。
では猥褻(ワイセツ)とは何であろうか?
澁澤龍彦の言に寄れば、『良風美俗に反する様な、強烈なエロティシズムを便宜上、社会がワイセツと呼んで卑しめている』という事らしい。
私的にかみ砕くと、世情に影響を出す様な隠匿されるべきエロティシズムを暴いた時に発生する言葉であると考える。

 まぁワイセツ〜云々はどうでも良い。
ここで問題・・・じゃなくて話題なのは、『幼児性愛』=ペドフィリアである。今、日本ではこの裾野がどんどん広がっている。
それもこれも、いわゆる「美少女〜」なんて言われる媒体の拡大と普及に負うところが大きい。
が、お気づきの通り、この手の媒体で扱われるのは、デフォルメされたアニメ・コミック調のキャラクタであって、リアルな幼児では無い。
ただ、このキャラクタがそのデフォルメによって、実年齢に比べ幼く見えるという事だ。
二次元のキャラクタを愛する=現実に繋がる訳ではないが、潜在的にその手の事を許容出来る人間を増やしているきらいがある。
そして、今の日本は素人売春真っ盛りである。
そういう世情もあってか、ローティーンの恋愛の中でも性交に及ぶ例が増えるし、いい歳扱いたオヤジが自分の娘より若い娘に手を出す始末である。

 元々の日本の文化に置いては、かなり性というモノは開かれていた。
古来のムラ社会にも見られるし、江戸期の町人文化においてもまた然りである。
現在の日本の性的倫理は、武家の倫理を元にキリスト教的西欧倫理感が混ぜっ返されて出来たものと言える。
何時だったか「性の解放」 をうたう妙な劇団が日本に入ってきたが、これを先進的なモノとして日本に持ち込んだヤツは大バカ者である。
キリスト教的倫理観のもとに、長年抑圧されてきたからこその発露である。
まぁ、海外公演を恥ずかげも無く行う連中も連中であるがね。

 ことごとく脱線するなぁ・・・続きを書こう。
この手の問題にやたらと敏感というか、ヒステリックなのは米国である。
自由の国なんて言われるあの国は、青少年の人権を歪に保護する国である。
子供はあくまで子供としてしか扱われない。
一見多様性を認めているようでそうではない、これはどの国にも言えることなのだが、実権を握っている階級が法を造るからとも言える。

また脱線か・・・・。

要は何を書きたいか?というと、「成年男子と幼女の間に恋愛が成り立ち、社会がそれを許容しうるのか?」という命題である。
もし許容しうるのであれば、ペドフィリアに貼られた低俗なレッテルを解消しうるであろう。
しかしそうはならない、何故ならば成年男子というものは幼児に対して絶対的な強制力(暴力)を持っているからである。
雰囲気を出して書いたが、要は成年男子の腕力に対抗しうる力を、少年はともかく幼女は全く持たない。
幾ら愛し合っている等と言おうが、この事実の元には、愛も淫行に変わってしまうのだ。

 この続きはまた明日・・・じゃ♪


Aug.23,2000 (Wed)

 さて、昨日の続きを書くとしようか・・・。

 〜愛も淫行に変わる〜哀しい現実だが、これが現代社会というヤツである。
人である以上、常識とか世間体とか、そういう俗情の範囲を越えた判断をし、そしてそれを受け入れることができる。
しかし、性愛・・・・一般的に秘匿されるべき内容については、みな一様に語りたがらないし、自分こそはと常識を振りかざす。
みな何らかの歪みを抱えているのだが、それを公言することは恥であり自らを異端とカミングアウトするか如きの事なのだ。


Aug.24,2000 (Thu)

 早朝・・・朝五時より砂丘へ向かう。
観光砂丘の保全のため、砂丘植物では無い単なる雑草を駆除するためだ。
観光砂丘からかなり離れた場所からアプローチ。
ラリーレイドの砂漠ステージよろしく、砂丘を疾走・・・いや、そんなスピードは出ない。
しかし、こういう機会でも無いと国定公園である鳥取砂丘を走ることもできない。

 ただ、楽しむよりも恐怖の方がでかい。
サスなんて無いトラクターで、傾斜の厳しい場所を走るってのは、無茶苦茶怖い。
砂の動きも見てないとダメで、かなり怖いよぉ。

 砂丘のあちこちに走破しようとトライした後をたくさん残してしまった。
だって、取りあえず登ってみないとわからないんだもの。


Aug.25,2000 (Fri)

 大栄町へまたラッキョウ調製機のデモをしに行った。
デモは一応普通に終わった。
いい加減どうでもいい・・・とも言ってられないがね。
ここで小ネタをひとつ、大栄町のスイカマラソンで使われていたキャラは、どこからどう見ても名探偵コナンなのだが実は違うらしい。
青山剛志が書いたモノには間違い無く、キャラの横にはサインまで入っているが、アレはコナンに似ているだけで単なる少年であるらしい。
この少年がコナンだと、売り上げの4%を確実に小学館がかっさらう為である。
やはり版権関係は面倒だが、苦肉の策とというより確信犯だな。


Aug.26,2000 (Sat)

 ちょっと前まで”や”の付く職業の方々がやっていたレンタルビデオショップが、ビデオと書籍の小売業に転身した。
巷の噂だと、夜中になるとそれ系の人が店頭に立つあの店である。
巷の噂だと、AVの中にシースルーが結構な量混じっていたというあの店である。
で、結局どうなったかというと、レンタルじゃ無くてセルビデオの方へまわったって事である。
それと、大量のエロ本とエロ漫画、しかも大人のオモチャまで展示販売と来ている。
店には妙なただし書きが貼ってあって、「学生服での入店はお断り」とか「店内ではお静かにお願いします」は分かるけど、「3人以上の団体お断り」って何?
そういう店だから、店内の雰囲気を保つってのは分かるけど。
3人以上で来るなってのは・・・仲間内で来て騒ぐからって理由かな。
にしたって、とにかく敷居の高そうな店だ。
ただね、ここまで集めてくれると探している本が18禁の場合見つけやすいね。


Aug.27,2000 (Sun)

沈んだのはフネだけか?

 ロシアの潜水艦が沈んで久しいねぇ・・・。
で、レイの潜水艦関連でロシア当局が遺族への説明会をやったときに、興奮した遺族に鎮静剤の強制注射というとんでもない事をやった。
欧米は、この旧態然とした所行に驚きを隠せない様だ。
だが、一方ロシアの国民はというと、新聞に「話し合いには注射が必要」などという見出しで、それほどの驚きではない。
ロシア国民は、外面が幾ら変わろうが、中身は何にも変わっていないという事を最もよく知っているのだ。

 やはりロシアに対する欧米の過剰な期待は何処から来るのだろうか?
日本は対策なんてモノは全く成っていないものの、近くにヤバげな共産独裁国家があるためか、未だ寒くて大きな国の影を見ていると思う。
それに、国境が近いので、ロシアをヨーロッパとは思わないのだ。
とにかく欧州の連中は、ロシアをヨーロッパとして見たい節がある。
成り立ちや文化の面でも、立派にヨーロッパのひとつであるのだが、いかんせん国土が広すぎる。
北で東なヨーロッパから、極東に至るまでの国土は広大であるのだ。
まぁ、中央がヨーロッパにあるのだし、支配階級だった民族もヨーロッパ系だったから、そう位置づけてかまないのだがね。

 ロシアがどんな国だろうが、共産化されていた歴史が古いのだから、そうそうその体質が抜けるとも思えない。
公衆の面前で、薬物注射などという凶行に公的機関が及んだってなんの不思議も無い国なのだ。
というか、みんな忘れがちだけど、ロシアってなんだかんだで未だに社会主義国家なんだったよな。
部分的に資本主義の制度を取り入れているだけでさぁ
。だからこそ、さっきまで延々と書いていた様な幻想が生まれるんだけどね。


Aug.28,2000 (Mon)

 公共事業に大幅な見直しが行われることになった。
手始めとして、先にこの日記でも挙げた中海干拓事業が典型的なケースとして報道された。
中止になる事業の基準は、全部で四つ程有る。
ちょっと内容が細かいので詳しくは憶えてないのだが、住民運動や環境運動の有無は入ってはいない。
まぁ、そんなことで国が事業を中止するわけはないわな。
とにかく、愚かな所行を止める手だてのひとつが出来た事は喜ばしい事である・・・・と、思うだろう?
所がそうはイカのなんとやら。
中止されて、浮いた予算は何処へ行くのか?・・・・そう、また公共事業に回されるのだ。
中止を決定づけるのは、もちろん国会議員達であるわけで、マスコミが指摘するように新たな利権構造を生み出してるのだ。
って事はだよ?愚かな時代遅れの公共事業を中止するって感覚じゃ無くて、サッパリ先に進まない遠の昔に利権が漁られた事業を中止して、自分たちが新たに絡むことの出来る利権を再生産しているだけじゃ無いのか?
政治家って金が絡まないと、そうそう動かないからねぇ・・・結局世はフダとカネかい?

 いつも思うのだが、問題なのはこんな状況である。
日本人の政治家のイメージは、腐敗してて金に汚く救いがい無能。
コレが自分の住む国だと思うと、ホンッと情けなくなる。
結局は誰かがどうにかしなけりゃならんのだが、皆「誰かがやるさ」とか「俺には関係ない」というものだ。
色々と思っていても、たま〜に選挙権を行使する事しか政治参加できない。
こんな状況で日本を変えるにはどうしたら良いのだろうか?
まことに難しい事だぁ・・・

 日本で政治家になるほど恥知らず(笑)じゃ無い

 官僚になるにはリミットまで三年

 だったら影響力出せるくらいまで大金持ちになってフィクサーになるか(笑)

 それとも武力闘争に身を投げ入れるか(笑)

 選択肢は豊富なれどいまいち現実的な路線じゃ無いねぇ。


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