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過去の日記



[行間を読め!]

Jun.3,2000 (Sat)

薄い壁

 はぁ・・・これを書いている今の話なのだが・・・壁薄いんだからさぁ、俺の居ない時にヤってくれよ。

 さてと・・・明日は月曜の面接を受けるために地元に戻る、ここ最近こればっかりだ。
それはそれで置いといて、昨日また漫画をいくつか買い込んだ。
以前、”読むと背中が痒くなる”と紹介したアレだ。
まぁ、青年誌なので、アレな少女漫画ほどではないにしろ、十分痒い漫画だとは思う。
今回出たのが三巻なのだが、キャラの過去暴露もある程度済んでいたので、ストーリーが日常に入ってきてしまっている。
長期連載したいのであれば、ここは踏ん張らないといけないのだが、エロ漫画出身でショートが中心だった作家なので、ぎこちなさが残っている。
何も「あだち」や「ゆうき」の様な日常描写を求めている訳ではないが、長期をやりたければコレをクリアすべきだろう。
巻末に第四巻の予告が出ていたが、案の定ストーリーのたるみを何とかすべく新キャラ投入ときている。
しかも、定石通り控えめなヒロインの対抗馬として。

 本日、ナショナルジオグラフィック(日本;日経が出版)よりダイレクトメールが来る。
いわゆる営業なのだが、ちらつかせられた餌がなかなかよろしいので、購読を再開しようかと思っている。
世界と日本の地図が付いてくるのは、よくある特典としておいても・・・ここ30年のナショナルジオグラフィックの映像を納めたDVDが付いて来るというのだ♪
出来れば1888年からの歴史を網羅して欲しいところだが、販促で配るのだから高望みは止めておこう。
それにしても・・・日本語版の販促のための文章にあった言葉が面白い、クリントンが読んでいるという記述より先に『〜山本五十六が愛読していた〜』とありやがる。
この辺のセンスがいいねぇ。
確かに創刊して(本家がね)百年以上経っていて、しかもその情熱を失っていない雑誌ってのも珍しいものだ。
★のいっぱいある国は嫌いだが、こういう良質な雑誌が出てくるってのは良いなぁ。
当たり前な事だが、大抵の文化ってのは強大なパトロンの存在無しには生まれないんだよな。
今時の日本の金持ちってのは、その辺の事が分かっていない。
曲解気味だが、ロイヤルデューティーって言葉を解してもらいたいものだ。

 現在、開始より四十分程が経っただろうか・・・ようやく静かになる。
換気扇とPCとTVの雑音その他を含めても聞こえてきていたのだから、当然別棟にも聞こえていた事だろう。
  取りあえず久しぶりにだらけた日常を満喫した1日だったと思う。


Jun.6,2000 (Tue)

 ゾロ目だけど、六月ってなんにも無いんだよな・・・それもこれも五月と七月に挟まれてるせいだろう。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
という出だしこそどうでもいい、いい加減マンネリもいいとこだ。

 BeOSのパーソナル版が出てそろそろ三ヶ月というところだが、いつの間にか日本語IMが落とせるようになっていた。
いわゆるエルゴソフトのEGブリッジ系のIMだが、やはり軽快さをウリにする分お馬鹿なのが玉に瑕というものだ。
だが、パッケージソフトとしてBeOSできちんとIMをリリースしているのもエルゴソフトだけなのだ。
それにしても、旧バージョンとはいえ自社のIMを移植してくれるエルゴソフトはいい会社と素直に言いたい。
ATOKもDOSやWindowsやMacintosh版だけで無く、Solaris版やLinux版が存在する。
だったら、BeOS版も出してよ・・・と言いたいのだが、市場規模が全然違うからどうしようも無いと言えばどうしようもないのだ。

 さてソラリスと言えばSUN、SUNと言えばソラリス・・・そうSolaris8のリリースが間近なのだ。
次期バージョンを無償提供すると発表してから結構経つが、そろそろ手に入るのだ。
もちろん我々のようなPCユーザーは、Intel版を使うしか無いのだが、ここへ来てSparcの値段が結構下がっている。
Ultra5なんかだったら中古で二十万位で手に入りそうな勢いだ。
やっぱり太陽の火花を散らすプロセッサのマシンが欲しいものだ(SUNのコンピュータのプロセッサは”Spark”という名前です)。
以前にも指摘したが、SUNのマシンのプロセッサはスパーク(Spark;火花)という名前でマシンの名前も同じくスパーク;Sparcで、マシンの名前をアナグラムとして扱うと、元がScrap(がらくた)と容易に推測できるのだ。
私はSUNのこういうところが大好きである。

 オウムの諜報省大臣である井上に無期懲役が言い渡された・・・当然検察は控訴する。
非常に多くの事件に関わり、実行犯では無いにしろ計画の立案等オウムの数々の事件において中心的な役割を担ってきた。
井上被告は終始検察に協力的ではあったが、事件に積極的に関わってきたカルトの幹部であったことは否めない。
そうそう仮釈放が得られるような人間ではないにしろ無期懲役とはねぇ・・・死刑が言い渡されなかったのが非常に不思議である。
破防法も適用されず重要な幹部が無期懲役・・・裁判が民心の正義を代行する場では無いが、これでは遺族もやりきれまい。
やはり破防法が適用されなかった事が、ここへ来て影響を出しているような気がする。
破防法は、対団体規制において最も過激な法であるが、オウムに対してこれを使わなかった。
団体として存続させ、監視しやすい方を選んだのだ。
今後のためにはなっただろうが、司法の現場が閉塞した感が否めない。
いささか俗な表現ではあるが”破防法適用団体の幹部”というネームバリューがあれば、裁判の判断も影響を受けざるを得なかったと思う。
決して開かれているとは言えない日本の司法制度にあって、民意というものは何処に存在するのだろうか。
★のいっぱいある国の陪審員制度を何度バカバカしいと思ったかは数えられないが(特にO・J・シンプソン事件のときね)、こんな判決を聞くといっそ陪審員制にならないものかと都合の良い事を考えてしまう。

 「12人のやさしい日本人」等でご存じかも知れないが、一応日本には陪審員制というものは存在するのだ。ただ、現在行われていないだけである。
統治者の理論から言えば、この事件に限って陪審員制を導入して片っ端から死刑にしてしまった方が良い。
ガス抜きに近いモノがあるが、社会正義の実践には違い無いのだから。

 なんか不穏当な内容だが、私の率直な考えである。因みに私の信仰する宗教は、科学と資本主義ですので、そこのところよろしく(笑)


Jun.7,2000 (Wed)

シェイクダウン

 早朝よりラッキョウ関連で呼び出される。
試作機2000X-2がメーカーより送られてきたのだ。
という訳で早速農家へ持ち込み、シェイクダウンと相成った。
が、いきなり壊れる・・・・・・(-_-;)

 最悪である。

 その後、破損の原因を究明し、大体の原因をつかんだ。
朝から始めて、この時点でだいたい三時過ぎまでかかってしまった。
大学へ戻り、資材を買いだし、壊れたパーツを再度作り直し始める。
ある程度加工の目処が立った時点で、取りあえずはお開きにする。みんな疲れていたのだ。

 その後研究室で朝来たメールの返事を書いていると教授が現れた。
教授に試作機の状況を説明し、現状を理解してもらう。
いつもながら忙しい教授に状況を理解して貰うのは、結構しんどい。
話すことは色々あり、その報告で教授は現在の進行状況を把握するしか無いのである。
っていうか、ただでさえ忙しい人を学部長にするなってんだ(-_-;)>教授会

 さて、ここからが本題なのだが、教授が去って暫くすると携帯に着信が入った。
非通知では無かったのだが、見慣れぬ番号だった。
出てみると・・・先日最終面接を受けてきた会社の人事担当者だった。
ちょっと緊張気味に出ると、いつもの調子で話し始めた。

 「もしもし、○×△□の○×ですが、いま電話は大丈夫でしょうか?」
 「あ、はい、大丈夫です」
 「えー、先日の最終面接の結果をお知らせします」
 「はい」
 「取りあえずですね、選考の結果あなたに内定を出すことになりました」
 「ありがとうございます、謹んでお受け致します」←何を言ってるんだか(^_^;)
 「追って、内定書を送りますので」
 「はい、ありがとうございます」
 「それでですね、結果待ちが一社あると聞いてますが」
 「いえ、無いです」
 「無いんですか?」
 「はい、現在御社だけです」
 「ああ、そうですか。じゃうちへ来ていただけるんですね?」
 「はい」
 「じゃわかりました、それじゃまた詳しい事は通知しますんで」
 「はい、ありがとうございます」
 「それでは、これで」
 「はい、失礼します」

 という感じであった。
 細部までは再現できてないが、取りあえずはこんな感じです。
なんかやたらと「ありがとうございます」を連発してたようでなんか恥ずかしかったが、まぁ良しとしよう。
はぁ、やっと内定取れた♪

 そしてこれからがぶっちゃけたお話である。
私が実際に受けた会社の数を挙げよう、総勢2社!であるのだ。
言っておくが、会社訪問した会社は1社だけで、エントリーした会社は3社である。
そして、試験を受けた会社が、先程挙げたように2社である。
この不景気の就職難にあって、ふざけた活動の仕方だと思うだろうが、これは事実だからしょうがない。
私の状況では、精一杯では無いにしろ、このような状態になってしまったのだ。
これは、条件面から厳選した結果、受けるべき会社が5社に絞られ、日程の都合上最終的には3社しか受けれない状態になった。
その後、研究をある程度優先させてしまった結果、最後に残った会社にようやく受かったのだ。
もちろん、コレに落ちていた場合は別のシナリオがある。
地域を関西に変更し、いわゆるSEをやらせてくれる会社を探すつもりだったのだ。
それでダメなら、最終手段である。
そう、教授の部屋に行って「どっかねじ込んで下さい」と言うハズだったのだ(笑)
まぁ、そんな事態に至らなかったのだがね。

 そうそう、言い忘れていたが内定が出た会社は、いわゆるシステム屋である。
つまり職種はSEというヤツで、まぁしばらくは修行ということだ。


Jun.8,2000 (Thu)

 今日も今日とて試作機の面倒をみる。
昨日より破損部品の再削りだしを始めたのだが、これがなかなかしんどい。
電動工具を長時間持っていると、振動で間接がバカになってしまうのだ。
因みに2時間ぶっ通しで加工を続けていたら、終了後10分間程はタバコすら持てなかったのだ。
ジッと手を止めておく事も出来ず、プルプル震える手の様はまるで禁断症状である。
パーツが揃うと、取りあえず組み付けてみる・・・なかなかよろしい。
塩ビで構成していたパーツを、アクリルで作り直したのは正解だった。

 組み上げた部分を持って、テストをして貰っている農家へ直行。
全体を組み上げて、動かしてみる。
今度は壊れない(^_^;)だが、現在の構成のままだと農家の希望する設定が出来ない事が判明。
というわけで、再度バラして持って帰る(簡単に書いているけど、2時間ほど動かした後です)。

 夕方になって大学へ戻れたものの、再度工場での加工作業へ・・・・なんてしていると、同じく機械系の別研究室の教授が通ったので、溶接機の状態を訪ねる。
以前、溶接をしようと思ったら火花が飛ばなかったので、壊れているのか確かめようと思ったのだ。
で、訪ねてみると、別に壊れてはいないとのこと。
試しに使ってみると、火花がちゃんと飛ぶ・・・・・・なんなんだ?

 まぁ、気を取り直して、以前より葵ちゃんに頼まれていた溶接を開始する。
4カ所中、2カ所を溶接したあたりで携帯で連絡を取り、葵ちゃんを呼び出す。

 「なぁ、ナット溶接するのこっちで良かったよな?」
 「えっと・・・反対です」
 「・・・・・・・」
 「・・・・・・・」

 反対でも大丈夫かどうか、葵ちゃんが先輩に聞きに行く・・・結局、先輩を連れてきた。
やはり反対だと困るという事で、サンダーで削り正しい位置へ溶接する事になった。
という辺りで、同じ研究室のドクターコースの先輩が登場♪
曰く、「しばらく溶接やってなくて、勘が鈍るから俺にやらせて」という事で、交代してもらって俺は2000X-2の加工作業へ戻る。

 壁にきらめく溶接光を感じながら、ひたすら加工する。
っとそこで問題が出た、設定を変える際にスペーサーを10mmも削らなければならない。
工場の旋盤の調子が、今年に入ってからやたらと悪いので、ついでとばかりにドクターの先輩にNCで削って貰うことにした。
うちの工場には、以前からNCが鎮座しているのは知っていたのだが、誰も使えないので私が知る限り十年は眠ったままだった。
それを、今春から来たドクターの先輩が使えるようにしたので、結構重宝する。
安い機械ではあるが(NCの中でもっていう意味で)0.1mm程度の精度が余裕で出せるので、その辺の適当な技官よりも正確が加工が可能なのだ。
削り終わるのを待ってパーツを組み上げる・・・何度目だ?という組み上げを終え、取りあえずは今日の加工作業は終わりである。

 さて、今日は葵ちゃんに晩飯を喰わせてもらうという話だったので、下宿の方へ行った。
メニューはツナ入りミートソーススパゲティである。
パスタを大量に用意したために、ソースをパスタ上へ載せれず急遽漬け緬と相成ってしまった(笑)


Jun.9,2000 (Fri)

 今日も今日とて・・・はい、調製機の面倒をみてます。
同じく朝から、昨日組み上げたパーツを持って農家へ直行です。
昨日組み上げたパーツを、また元に戻して動かしてみる・・・なかなかスムーズに動いている。
教授から聞いている話では、今日の昼からデモをやるので、その時点では普通に動いていなければならない。
何とか間に合ったのだったのだ。
が、設定変更の影響は節々へ出ており、フル稼働させるには、今ひとつの状態だった。
デモをするには十分だが、完全稼働にはちょっと・・・という状態なのだ。
今日はデモが終わるまで機械をバラせないので、デモの時間までは他の問題点を洗い出す事にしたのだった。
が、シェイクダウン以降、それなり洗い出しを済ませているので、そうそうは出てこない。
耐久試験はフル稼働状態でないと意味がないのでできやしない。
とにかく、色々といじくりまわして時間が過ぎていった。

 昼飯を食った後、暫くすると以前試作5号機(1999年モデルです)を貸し出した、別の産地の農家の方々が大挙してやってきた。
着くやいなや、早速2000X-2を取り囲みあれやこれやと始まる。
一通り説明をすると、みなさんしきりに「こっちがええな、こっちがええな」・「やっぱり機械はシンプルじゃねーと」等と口々に言い出す。
「あっち(5号機)の機械は、複雑すぎてなぁ」という辺りでいい加減ピクピクとむかつき出す。
ったく勝手な事ばかり言ってんじゃねーよ、確かに商品化しやすそうな機械に仕上がったけどなぁ、最初っから造れた訳じゃねーんだぞ。
新規参入って事で、県の補助金使って導入するくせによぉ。
この機械造るまでに、どれだけのノウハウの蓄積があると思ってるんだ?
機械誉めるのは構わないけどさぁ、だからって以前の機械の事をああいう風には言われたくないね・・・
ああ、でも商品の開発ってこういう事の繰り返しなんだろうな、開発の過程の苦労なんてエンドユーザーの知るところじゃねーしな。

 で、デモが終わるのと同時に、早速バラしにかかる。
今回で、多分フル稼働へ向けての最後の手直しになると思う。
ユーザー(被験者とも言う)の意見を次の日には実装するというのは、結構しんどい作業ではあるが、出荷期間があと僅かなので急がなければならないのだ。
で、大学へ持って帰って連日やっているように、工場で加工を開始する。
今回の手直しを端的に書けば、供給部の大容量化である。
いきなり言われても分からないだろうが、まぁ分からないように書いてるのだからしょうがない。
開発過程であるので、関係者以外にはあまり大っぴらにはしないように心がけているのだ(実は面倒なだけ)。
 2時間ほどかかっただろうか、加工作業が終わって研究室に帰っても誰もいない・・・結構寂しさが滲み出る。
因みに、この開発は私の修論の一環であるが、同時に特定の四年生の卒論にもなる。
で、当の担当者(四年生)はここ数日見ていない・・・いったい何様のつもりなのだか。

 そして今日も葵ちゃんの夕飯を喰らう。
今日のメニューは「中華風焼きうどん」である。
彼曰く、「豆板醤入れれば皆中華♪」・・・どうも彼の研究室の中国人留学生(博士課程)が、豆板醤と醤油で味付けするのを見てそういうようなったらしいが・・・。


Jun.10,2000 (Sat)

 本日も調製機の面倒をみているます。
昨日書いている様に、これが最終組み付けになると思う。
取りあえず、組み上げてちょっとテストしてみる・・・なかなか良い感じである。
ふぅ、ようやく使えるレベルにまで来たよ。相も変わらず、昼過ぎまでテストをし研究室へ戻った。

 下宿へ帰り、一休みしていると後輩から電話が入る。
「そろそろみんな集まってますよ」そう、今日は新歓コンパだったのだ。
コレを読まれて「何故この時期に?」と思われるかも知れないが、我々の部は春先に”新歓キャンプ”をしており、大会の済んだこの時期に落ち着いて新歓コンパをするのだ。
いつもながら、数少ない上の人間なので参加する。

 今年の一年生は酷い。
どう酷いか?というと、全員がフォワードなのだ。

 多くの者が、飲み・暴れ・泣く

 のである。
 端から見ている分には楽しいのかも知れないが、そこへ二年が絡んで来るから始末が悪いのだ。
とにかく、日頃の溜まっているものを発散させるのは良いのだが、連中は見てて”きたない”。
微笑ましいのでは無く、呆れかえるという状態。
この乱痴気騒ぎに、現在の学部生の連中の大半が参加するのだから、目も当てられない。
「宴会の○大」が健在である事を確認するには、十分すぎる飲み会であっただろう。
だって、こんな奴らだもの。


Jun.11,2000 (Sun)

 今日も今日とて・・・ああ、この書き出し早く止められないかなぁ・・・。
最終組み付けをしたものの、今日も一度組み上げた状態で手直しをする。
分解するほどの内容でも無いが、組上がった状態での作業は面倒である。
取りあえずは、ビシバシとデータ取りを開始する。

 最近の記述は相変わらすな内容ばっかりで、書いていても面白くない。
ああ、とにかく終わりたい。
終わりたい・・・終わりたいっつたら、終わりたいんだ!自分のペースでできない実験が、こんなに苦痛だとは思ってなかった。
まだ実験室でシーケンサ弄ってる方がマシってもんだ。


Jun.12,2000 (Mon)

 今日も朝から・・・のハズが、足にしている修士の同期が来ない・・・で、電話を入れるとまだ家に居るときている。
まぁ、今日ぐらいはいいかと思いつつダラッと待つ。
待っている間、工具その他のカタログを眺めていたのだが・・・ダメだ、色々と欲しくなってしまう。
何かなぁ、やっぱりこの手のカタログって良いよなぁ、何でも欲しくなってしまう。
こう、自分のガレージとか想像して、工具を物色してしまう。
商品の揃え方もそれなりで、ポイントは押さえてる感じがある。
と言っても、刃物とカバン類に関してしか分からないけどね。
しかしさぁ、ライフル納めるサイズのペリカン(耐水・耐衝撃アタッシュの代名詞的なケース)なんて、日本で誰が使うんだ?

 昼前にようやく足(失礼な書き方だ)が来る。
機材を持って早速現場へ直行。取りあえずデータ取りを開始する。
テストパイロット(笑)と前日から打ち合わせておいた通り、多少楽な形での試験稼働とする。
とにかくデータを取って取って・・・の繰り返しである。
夕方は、修士同期のヤツを収穫の現場へ連れて行き、細かい説明をする。
なんか今年は雇っている人数が多いせいか、やたらと作業が速い。
何で俺が働いている時には少なかったんだよぉ・・・俺の時には一人でやってた事が二人でやってるんだもの、こりゃ楽だよ。

 さて、以前よりちょこちょこ書いてきた、ドクターコースの方だが・・・今日も夜中研究室でダラダラと話していると、また他の一面が引き出されてきた。
元スズキ自動車にいた方なのだが、そのときは会社でAGVの開発を担当していたのだ。
AGVといってピンと来るヤツはまれだと思うが、簡単に説明すると自動走行する巨大なトランスポーターだと思ってくれ。
容量は普通車を9台くらい一気に運んでしまう様なヤツだ。
かなりでかく、自重が数十トンはあろうかという代物。
コレの開発の話なのだが、とにかく壊れるととんでもなく修理しにくかったそうだ。
なんせ、巨大な鉄の塊な訳で、パーツ単体もやたらとでかく重い。
この話をするときに引用してきたのが、宮崎駿の「雑想ノート」の戦車のくだりだ。
ボッシュの豚達(コレって無茶苦茶差別用語か(-_-;))が戦車の開発で四苦八苦する様を身を持って体験したそうだ。
そして話していくうちに、グインサーガが出てきたりTRPG経験者であったり・・・etc。
う〜む、なんでこういうタイプの人間が居なくなる端から出てくるんだか・・・謎だ。

 バイク乗りでPC自作派でTRPG経験者で士郎正宗ファンで、『逆境ナイン』が基本だと言い切るこの人物、しばらくは飽きそうにも無い(笑)


Jun.13,2000 (Tue)

 今日も今日とて・・・最近マンネリとも思えなくなった書き出しだが・・・いや、止めよう・・・どうでもいいことだ。
まぁ、そんなこんなで今日も朝からラッキョウまみれです。
今日は修士の同期が午前中に講義があるので、調査は一人やらなければならない。
一人でやるとはかどりすぎるからイヤなのだが・・・しょうがない。

 きょうの夕食は葵ちゃんの手料理である。
このハンドルネームを知らない人に対して重ねて言うが、葵ちゃんというのは成年男子でかつカラテカという、ハンドルからは似ても似つかない?(外見)人物である。
因みにこのハンドルは、伊亜の命名である。取りあえず【Sの食卓】とかって題して、デジカメで撮った画像なんぞを含めて紹介しておく。
そしてもうひとつネタがある・・・彼の部屋を出るとき、思い出した様に引き留め、私に一本のVIDEOテープを渡す。
「コレ見てみて下さいよ」と渡されたのはAVだった。
「飛ばしながらでも良いですから、最後まで観て下さい」とやたら推す。
どうも彼が言うには、他の人の感想を聞きたいらしいのだが、近所に住むのどかには躊躇われる内容だそうだ・・・っていうか、俺ならいいのか?!
そりゃ何見せたって大丈夫だと思われてもしょうがないが、なんか自分がこれ以上穢れようも無いほど穢れているような気がした今日この頃である。

節目

 今日は歴史の節目といえる出来事があった。
最も近い国のひとつである大韓民国の大統領が、朝鮮民主主義人民共和国の地を踏み、南北の首脳が会談を行ったのだ。
冷戦の開始と維持・・・そして修了と、大国の代理戦争を戦った2つの国が腹の探り合いとは言え、ようやくテーブルにつこうというのだ。
しかし、韓国には在韓米軍という交渉上必ず障害になるであろうというものを抱えている。
そして、北朝鮮は南との経済・政治の格差という埋め得ぬ溝がある。
問題は山積みで危険な交渉相手・・・金大中大統領の苦労は始まったばかりである。
しかし今は、南北の歴史が動いた事を隣国の住民として素直に喜びたいのだが・・・やはり私には無理だ(-_-;)

 しかし凄いね最近の日本語IMってね。
”キムデジュン”や”キムジョンイル”って入力すると、ちゃんと漢字変換してしまうんだもの。
まぁ、首脳の名前くらい最初から登録対象なんだろうけど。


Jun.14,2000 (Wed)

 さて、今日は朝から収量調査の方へ行っていた。
後輩を使い、ラッキョウを掘らせ調査するのだ。
今までやたらと寒かったハズだったのだが、完全に畑に出た今日に限って日差しがギラギラ・・・マーフィーの法則でも無いが、間の悪さは否めない。
うっすら日焼けする程度にフィールドワークをこなしたのだった。
研究室に帰ると、教授が植え付け機の話を持ち出してきた。
アレはやりたくないってのに・・・本当にあの機械を相手にするのはイヤなのに・・・結局しなきゃならない。

「どうしようも無いね」と、ため息をついた所で事態が好転するわけでもなし、修士2年目にして背負い込む荷物の多さにジッと手をみる。

 さて、今日は部の後輩にホームページの更新の仕方(アップロード)について基本的な事を教える。
何て言うか、後輩のマシンはWindows98なので大文字小文字の管理がなっちゃいない。
下手なファイル名の付け方をすると、いよいよもってやな感じである。
まぁでも、更新の仕方を教えたので、今後は頻繁に更新されてゆくだろう。

 下宿へ戻ると、大家さんにばったり会った。
以前住んでいた棟は完全に取り壊されてしまい、駐車場にするためにコンクリートを打ったところだった。
そして私は大家さんへ話しかける・・・

 「いつ頃から通れる様になります?」

 「今日明日はダメって言ってたなぁ、でも歩くぐらいなら明日から大丈夫だろう」

 「そうですか・・・」

 「明日は晴れるって言うけぇ、乾きも早いだろう」

 「・・・・・・・・・・」

 そう、この時である私が無性に突っ込みたくなったのは。

 「コンクリートは水分が飛んで堅くなる訳じゃねーつうの!」
 と、口から出かけたがどうにか飲み込む事に成功した。
そう、コンクリートが固まるのは水和反応であって、接着剤の溶剤のように揮発して固まる訳じゃないのだ。
ついでに言えば、水和反応の際にコンクリート自身が熱を出すくらいなのだ。
だから、冷やして養生する事すら必要な場合もある。
水が飛んで固まるわけじゃないって、意外と知らない人って多いよね。

 そうそう、「梟の城」観たんだけど・・・美術担当者どうにかしてよ、安土桃山時代だとしてもアレはちょっといただけないね。


Jun.15,2000 (Thu)

 今日はデータ取り最後の日です。
今日をもって、我が2000X-2の稼働日が終わります。

就職祝い

 さて、最近は実験の内容すらも書く気が起きません。
とっとと忘れたいです。それはそうと、今日の夕方というか夜は、ドクターコースのTさんが就職祝いと称して飲みに連れて行ってくれました。
最近は上の立場でアレコレとやっていたのですが、さすがにドクターの人を前にすると私も下の人間にならざるをえません。
まぁ、そのおかげでおごって貰えるとも言いますけど(笑)
そんなに遠くまで行くのもアレなので、大学近くの居酒屋「石松」で飲むことにしました。
ここは以前先輩がバイトしていたので、色々と聞き及ぶ事が多々あったものの、入るのは始めてな居酒屋。
とにかく飲んで語る・・・という事を続けているうちに三時間か四時間程経っていた。
久しぶりに旨いモノを喰ったなぁ・・・。

 終わってお開き・・・ではなく、コンビニでビールを買ってTさん宅にて飲み直す。
そして話は延々と続くかに見えた。
居酒屋やTさん宅での話ってのは、色々な事を話したのだが、やはりスズキの話が面白い。
やっぱり内部に居る人の話ってのは、非常に面白いものだ。
ついでにTさんが居た部署で書かれていた、図面その他を見せてもらったのだが、コレがまた面白い。
私の様に何となく機械屋やっている人間とは、全くレベルというものが違うのだ。
現場と設計は両方知らなければならない事を、すっごく知らされた気がした。
まだまだこの人の一端しか見えては来ないが、今後更に吸収すべきであろう事が出て来るだろう。
以前兄貴が言っていた言葉に「帝大の連中は、なんだかんだで処理能力が高い。帝大出てるってだけの事はやってのける」というモノがあった。
Tさんの場合、帝大+スズキなのだが、その言葉の意味を多少なりとも感じた気がした。
しかし・・・やっぱり話しながら出てくるネタってのが、ガンダム世代なのでちょっと苦笑。
「富野由悠季も変わったねぇ・・・ブレンパワードになると、もうラブ&ピース」という具合に見解の一致をみたのだった。

 色々と話しているうちに私は眠ってしまい、久しぶりに自分の部屋以外で朝を迎えた。
教えて無いからどうせ読むことは無いだろうけど、Tさん布団ありがとう♪


Jun.16,2000 (Fri)

 先日の日記に書いてあるが、この日起きると・・・他人の部屋だった。
同じ研究室に所属するTさんの部屋で、飲み直しをしてる間に寝てしまったのだった。

 で、朝早く起きた訳ではなく、暑くて(かつ熱くて)寝てられなくなった時間にようやく起きた。
なんかこう、久しぶりに睡眠を取ったという気がした。
ここ数日中は、珍しく8時間寝れない状態だったので、コツコツと睡眠に対する欲求が溜まっていたに違いない。

 実験にせかされる事無く大学に行ったのは、実に3週間ぶりだろうか?
とにかくラッキョウの時期ってのは、やたらと忙しくなるのが玉に瑕だ。


Jun.19,2000 (Mon)

 今日は久しぶりにゆっくりしたなぁ。
現場に出るわけでもなく、なんかやらされるわけでもなく、最初っから最後まで自分の時間を持てたのだ。


Jun.20,2000 (Tue)

 選挙戦でやたらと沸いている様だな・・・政治家共はね。
NHKのNews10を観ていたのだが、鳩山に張り付いた報道が出てきた。
移動の空き時間で、支援者その他からのメールに返答を出すというのだ。
”ITに明るい党首”を演じようとしている節があるな、どうみたって。
常に持ち歩いて使っているハズの携帯コンピュータ、その割にキーボードがすり減ってねーじゃねーか?
因みに鳩山が使っていたのは、NEC系のCE機・・・多分MoblleGearシリーズだと思う。

 同じく公明の選挙運動が出てきたのだが、その中である有力候補の演説が出てきた。
「もし万が一民主党が政権を執ることがあったら、民主党は社会・共産党と手を組みかねない。そんな事になったら、日本に混乱をもたらすのは自明である」ってなもんだ。
数の暴力に頼む連立与党のセリフじゃねーよな。
日本の政治に衆愚と停滞をもたらした政党のセリフとも思えない。

 とにかくこの選挙戦を観るに、足の引っ張り合いという低能な連中の稚拙な喧嘩にしかみえないのだ。
政策を誇らず対立政党の批判を行い、とにかく私を当選させろの一点張りってなもんだ。
御輿に乗ってしまった2代目3代目のバカ面をみるにつけ、この国ってこの程度の人間で成り立つんだよなぁ・・・と思わず感慨に耽ってしまった。


Jun.21,2000 (Wed)

 大体CM(またはCF)というのは、最新の技術が投入される。
そして何より、世情が反映されているものだ。
まぁ、それ以上に入り込むのは各企業のエゴなのだが、選挙宣伝はエゴむき出しでなかなか楽しませてくれるものだ。
宣伝とは、自らの主張すべき所を伝える事が基本である。
目的のために、情報が完全に操作されている。それが返って楽しいのだ。

 さて、また採り上げるのは「民主党」である。
最初はIBMのCMかと思ったくらい、雰囲気を造っている。
薄暗いが広大な部屋で、長テーブルの向こうに幹部達を迎えた恰好で鳩山が座っている。
カメラアングルは下からで、威厳の欠片もない鳩山に雰囲気を出させようと苦労した跡が見受けられる。
そしてセリフだが・・・まずは鳩山「日本の政治をネットから変える」と曰う。
それに対して、幹部(の様な連中)が「冗談言ってんじゃない」といった感じの応対。
そして、それに対し鳩山の〆のセリフである「冗談ではない」が出て軽いドラマは修了。
あの脆弱という言葉を擬人化したかの様な外見を持つ政治家を、よくもここまで映したものだと関心する。

 さて、大学から下宿へ戻るついでにレンタルビデオ屋に寄ったのだが、そこで妙なモノを見つけた。
洋画のレンタルランキングのナンバーワンに来ていたタイトルなのだが・・・『チュパカブラ・プロジェクト』というヤツだった(笑)
どう考えても、ブレアウィッチ・プロジェクトと間違えて(又は確信犯的に)置いてあったのだろう。
だって、パッケージからしてブレア〜のパクリだし、内容もまた然りである。
画面のカットは、ブレア〜っぽい素人然とした画面で、きっと撮影に行った連中が次から次へと死んでいくだけの映像であろう。
二番煎じというか、パクリもここまで来ると笑える領域である。
ハッキリ言って、件の「パイパニック」と同レベル(笑)


Jun.22,2000 (Thu)

ないなぁ


Jun.23,2000 (Fri)

 今日は実験のTAが久しぶりに・・・あったのだが、結局何もしなかった。
だって、TAが必要な内容じゃないんだもの。
しかも俺にTA料が払われるかどうか怪しいしね。
必要な書類は去年の分しか書いてないのに、それでも時間拘束して使われるのは俺の趣味じゃない。
ってぇか、さも当たり前に使われるのがむかつくがな。

 きょうの晩飯は葵ちゃんの飯である。
いつもの様に飯を食ったのだが、ちょっと事情が違った。
まぁ色々とあったのだが、ここで事細かに書くと彼に多大な迷惑がかかるので書かない事に・・・・・するわけが無かろう(笑)
って事で、今回もSの食卓をどうぞ♪


Jun.24,2000 (Sat)

 今日はダラダラ過ごす日〜


Jun.25,2000 (Sun)

 よく寝る・・・昼間に起きた。
寝起きなのに、やたらと腹が減っていたので、葵ちゃんを呼びだしてカルダモンにカレーを食いに行く・・・っと、その前に今日は衆議院選挙の日である。
無精無精ながらも、棄権するわけにも行かないので、投票案内のハガキを持ちつつ投票へ行った。
投票所は近所の小学校である。
出口調査やってるかなぁ・・・と思いつつ、投票所である体育館へ入って行った。
体育館の中はそれほど混雑しておらず、逆に人が結構まばらだった。
投票自体は別段迷うこともなく、とある政党に小選挙区・比例代表区ともに入れた。
普段の私を知っている人であれば、何処へ投票したかは明白なのだが・・・(笑)

「あるぽらん2」改め「かるだもん」

 そんでもってカレーだが、おもいっきし昼間だったので、僅かだが席待ちをしなければならなかった。
で、ランチメニューのチキンカレーを注文。
なんてぇか、店がでかくなってから結構味が変化している様な気がする。
それもこれも、以前の市役所近くにあった当時はオヤジが一人で切り盛りしていたものだった。
それが、次の場所に移転してからは、ウエイトレスを一人雇っていた。
ここまでは良いのだが、ジャスコ近くの場所へ移転すると店の名前を変え、大人数を裁くためにたくさんの人を雇うようになった。
で、どうなったかというと、オヤジが仕事をサボって雇っている若いヤツに任せているせいか、味が一定しない事が多いのだ。
Setp2の辛さがStep3並だったりする。
ちょっとこれではねぇ・・・自分の丁度いい辛さを味わえないじゃない?
というわけで、改善求む>カルダモンのオヤジ

 その後研究室へ行って、メールチェックなどしつつ時間を潰すものの、今日は結構暇だった。
葵ちゃんと一緒にビデオ屋へ行って「御法度」を借りる。
大島渚の最新作・・・というか、最後の作品になりかねない作品である。
私は大島渚はあまり好きではない、というか「戦場のメリークリスマス」を駄作だと思ったくちなので、評価はむしろ低い。
大島渚が奇才と呼ばれている〜云々は承知しているが、黒澤ほど過去の作品を見ることが出来ないため、評価基準が比較的最近の作品しか無いせいとも言える。
まぁ、細かいことは後々俺娯楽の方へ載せるので、そちらでどうぞ。


Jun.26,2000 (Mon)

 遅れて大学へ行った・・・が、あまりやる気が無かった。
夕方、葵ちゃんに電話を入れると時間を持て余している様な感じであったので、早速足として動いて貰った。

 その後、またもやビデオを借りる。
今回はメジャーなハリウッドモノである。
ブルース・ウィリスが主演の「シックスセンス」である。
コレは出た当初から評価が高かった作品である。
まぁ、細かい事は後々俺娯楽の方へ載せるので、そちらを参照して頂きたい。

 で、シックスセンスを見ていると、HALから電話が入った。
そして、「何処にいる?」と聞いてきたので、葵ちゃん家にいると答えると「俺はこれから、のどかの所へ行く」と曰う。
唐突に砂上の楼閣県へやって来ていたのだった。
シックスセンスが終わった頃、のどかとHALがやってきた。
「これあげるぅ」と出してきたのは、ポスターのセットだった。
三枚組だったのだが、その内の一枚が『ナチュラル』(エロゲー)のポスターだった。
何故に2が出ているこの時期に、前作のポスターかと言うと、前作の話をベースとしたアニメーションのポスターだった。
ポスターの内容はかなりアレで、ウエディングドレスを着た千里が首輪をしているというやつだった。
そして、のどかが「カラオケに行こうよ」と言い出す。
他の連中は、皆一様に金がないという情けない状態である。
だがしかし、ここで付き合いを優先させるのが私であるので、結局はカラオケに行くことになった。


Jun.27,2000 (Tue)

 経済状態が逼迫しているのだが、そのことは茶箪笥の三番目の引き出しにしまっておいて、自分に後ろ向きながら日々を過ごす。

 今日はやたらと湿気が多く蒸し暑い日だった。
炎天下と山陰特有の陰鬱&蒸し暑さの違いはわれど、こういうときこそ「都々目紅一」が”紅い眼鏡”の冒頭で言ったセリフが欲しくなるってものだ。
まぁ、此方の場合「〜ひどく蒸し暑い」だろうけどね。

 続けて押井ネタであるが、そろそろ『人狼 JIN-ROH』が公開されている。
で、公開劇場を調べてみたのだが、案の定砂上の楼閣県は除外って感じである。
私の地元である越前では、公開の予定があるようだが、帰ったときにやっているとは限らないからねぇ。


Jun.28,2000 (Wed)

宝の山?

 今日の夕方、大学の産廃集積場へ行った。
もちろん、通常のゴミに出せない諸々のゴミというか廃棄物を持って行ったのだ。
以前から、パソコン関係のゴミを捨ててあるのを、色々と物色していたのだが、今日はそれなりの収穫があった。
まずは、Fujitsu製の15inchディスプレイである。
ここに捨ててある以上、壊れたモノだとばかり思っていたが、実は動いた♪
多少ピンの甘さがあるものの、十分実用に耐えるものだった。
こういう資源を捨てるとは・・・いったい何処の研究室だ?
そして更に落ちていたモノに、NECのPC-9801があった。
どうも486世代で、アップグレードの跡が見受けられる。
それは、CPUがAM486DX4/100MHzが載っていたという事と、CD-ROMドライブがメルコのモノに換装されていたのだった。
ドライブ自体は四倍速であるが全然使えそうであった。
そして、私が最も必要としていたのがFDDである。
しかも、HDモデルじゃ無かったせいか二台も付いてらっしゃる♪
というわけで、98は実験室(工場)に持ち帰り、早速必要な部品だけを剥ぎ取る。
メモリ関係やCバス拡張カードその他は、捨てる際に取っ払われたか先達が持ち去ったか定かではないが、私に言わせればまだまだ甘いという所だ。
しかる後に、98が置いてあった箱を見ると、それはMacintoshLC520そのものだった。
一体型Macintoshでも、いい加減古くなってしまった類の機種であるが、ケツの毛まで毟っていく私は、早速箱から出し中身を確かめた。
が、一体型Macintosh である、そうそうはぎ取れる部品もない。
CDドライブは既に剥ぎ取られており、何故かオートインサートタイプのFDD(SONY)が剥ぎ取った状態で置かれていた。
コレはどういう意味であろうか?壊れているのか?それとも最近のフリップ付きFD搭載モデルでは使えないからか?
まぁ、検証してみなければわからないが、取りあえずはキープだ。
そんでもって、パーツ取り用にLogicボードも抜いておく事にした。

 夜も更けて来た頃、唐突にHALより入電「暇か?」と曰う。
何を指して暇というのかはよく解らないが、今から一升瓶を持って来ると言い出す。
しかも、与太郎(当サイトのROMのひとり)付きである。
ゼミ資料を制作中だったのだが、どうも最近何か仕事を進めようとすると邪魔が入る。
単なる偶然か?それとも天の意志か・・・まぁ、そんなことを考えたところで連中は来る事には変わりはないのだ。
しかし、この部屋に与太郎が来るとはねぇ・・・学部の一年の時に同じクラスになって以来、付き合いがあるようで無い様な相手であるからなぁ・・・の割に、このサイトを隅々まで読んでる珍しいヤツでもある。
で、久しぶりに直接話していると、妙なカウンターの回し方をしている犯人がわかった(笑)そう、コイツだ。
 久しぶりに?酒を飲んだのだが、案の定HALが寝る。
やっぱり、なし崩しで泊まるつもりだったか・・・。
前回は車の止め位置が悪かったせいで大家さんに怒られたが、今日はちょっと離れた農協の駐車場に止めさせたので、大丈夫だとは思うが。


Jun.29,2000 (Thu)

 今日はゼミの日である・・・眠そうにしているHALを叩き起こし、とっととゼミに出るために大学へ行く。
ホントは俺も発表するハズだったのだが、先日の記述通り一升瓶を持ったアクシデントが訪ねて来たために原稿の製作が中断されたのだった。
取りあえずその場は取り繕って、更に一週間の猶予を得ることができた。

 中国からの留学生の陳さんが、Windows98の中国語バージョンを持参して来ており、それを自分の使うPCに入れたいとの事だった。
で、助手が試みたが失敗したようで、私にwin2kを入れておけとの事だったが、面倒なので私がwin98cnを入れてみることにした。
何て事は無いハズだったのだが、実は日本語環境で立ち上げてはいけなかったのだ。
ということで、英語環境にしようと思ったのだが、FDの中には言語をUSに戻すコマンドが入っていなかった。
英語環境・・・英語環境・・・考えた挙げ句に、私は気づいた!
なにもMS-DOSを使う必要など無いと言うことに!
という訳で、どうしたのかと言うと、DR-DOSの起動ディスクを作成してそこからブートしてやれば良いのである♪
これで行ける!と思ったのもつかの間、ScanDiskで後方のパーティーションにエラー出まくり(-_-;)これには参ってしまった。
この原因は何か?というと、前にいた学生が日本語でディレクトリやファイルを作成していた為だ。
英語だけの環境で参照しようものなら、化けた文字列に\等のディレクトリを示すキャラクタが混じってしまい、エラー頻発!セットアップ強制修了!となってしまうのだ。
で、仕方なくHDDを取り出して、リムーバブルケースを取り付けた別のマシンでファイルを逃がすことにした。が、ここでもアクシデント!なんと拡張領域を読み込めないのだ。
どうもディスクの挙動が変である。
しかし、普通にBootFDから立ち上げた場合は見ることが出来ていたので、ディスクを戻しFDで立ち上げて基本領域の方へ必要なデータを逃がしてやることにした。
で、結局FDから立ち上げて、基本領域に方へ移してやろうと思ったのだが、BootFDに入っているcopyコマンドではディレクトリの移動が出来ない。
急遽、FDへxcopyコマンドを入れ、ディレクトリを含めて移動させようとしたら・・・日本語のディレクトリの移動が出来なかった。
ダメダメ続きでいい加減ウンザリした私は、今一度このHDにwin98Jをインストールしたのだった。

 しか〜し!win98cnのインストールを諦めた訳ではない。
win98Jをインストールし、過去のバックアップデータを逃がすと、とっととこの日本語の嵐の様なファイルやディレクトリをとっとと消し去ったのだった。
しかる後に、DR-DOSの起動ディスクを用いて立ち上げると、インストールを開始した。
インストーラー自体は中国語化されていたのだが、何度もインストールしている私は、どのウィンドウでどの質問をされているか全て憶えていたので、とっとと選んでインストールを済ませたのだ。
で、ここで気になった事がひとつ!中国語Windowsって最初にCD-KEY聞かれないんだよな・・・
で、一通りインストールが終わって、機器の認識が済んでから入力させるんだよなぁ・・・
って、おい陳さん!CD-KEY書いて無いやんけ!
そう、苦労してここまで到達して、途方に暮れるはめになったのだった。

 で、結局その場はキャンセルして修了させるしか無かったんだよなぁ・・・けど次に電源入れたら何故かWindowsがちゃんと立ち上がりやがる(^_^;)もしかしてク○ック済み?(笑)


Jun.30,2000 (Fri)

 今日はゼミこそ無いもののTAの日である。
大学に在籍した事がある方なら知っておられると思うが、TAとはティーチングアシスタントの略で要は教官の手助け及び、代わりを行う事を指して言うのだ。
で、TAなのだが、なし崩し的にやっているのだが、私にはTA料(つまるところ給料)が一銭も入ってこないのだ。
何故なら、TA料の支払いその他の書類を書いて無いのだ。
しかし、仮にもマスターコースの人間な訳で、なし崩し的に手伝わされている。
働きに見合った給料を要求したい所なのだが、実は別件で名前を貸している都合上、私はTAの書類を書けないのだ。
さて、この辺りの金をどうにか教官に捻出してくれと言いたい所だ。

 さて、この日記を読んでおられる方に聞きたいのだが、どっか周りでPC-9821Nd,Ne2を「いい加減使わないからあげゆ〜」とかいう、私的にご都合主義な人物は居ないだろうか?
まぁ、ホントにご都合主義だが・・・今時486SXを普通の用途に使ってられる方も居ないがな。
出来ればTFTモデルなんかだと、小躍りしちゃうのだが・・・やっぱ無理?
この手の機械って、制御系とかやっている人にとっては現役も現役なんだよなぁ、
しかし先に挙げた機種をアップグレードするためのパーツを手に入れてしまったモノだから、やりたくてやりたくて・・・。
アップグレードだけでもやらせてくれる人って居ないかね?もちろんある程度のパーツ代は取るけどさぁ。


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